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第10話 ナオからの封書

 少しずついろんなところに折り合いがついていって、気持ちが過去になっていく。  いつもそうだった。  どれだけ苦しくても、そうやって、やり過ごしてきた。  だから、郵便受けに知らせが届いた時は、そりゃあもう、驚いたわけよ。  自分の顔を見ることができてたら、きっと、すっごい変な顔してたろうなって思う。  いやあ、確かに出欠確認はこの時期に――挙式のほぼ一か月前にするものだし、リストからおれの名前を外せなかったんだろうって、察するけど。  だけど、実際に届いてみると、すっげえ微妙な気分。  テーブルの上にあるのは、往復はがきと白封筒。  差出人欄は、ナオの名前と知らない女の名前。  披露宴と二次会だってよ。  何を考えて、おれに出してよこした。  しかも、どの面下げて参列しろと。  おれはナオとつきあってたんだよな?  しかも有耶無耶のうちに捨てられたんだよな?  なんだって別れた男の結婚式に、行かなきゃならないんだ。  こんなの欠席一択だろう。  っていうかおれの名前を、招待客リストから外せよ。  それくらい、しろよ。  悲しいとか辛いとか苦しいとか、そういうの通り越していく。  お前、ホントにどうしたいわけ?  あんなに世話になったのに、仲良くしていたのにって、つるんでいるメンバーに言われるのは承知の上で、おれは返事を書く。  欠席します。    社会人の常識みたいなやつで、『謹んで』とか『残念ながら』を書き足す、なんていうのも習ったけど、いいだろう。  そこは、なんというか、書く気にならない。  『おふたりの幸せな新生活を祈念します』なんていうのも、誰が書くか。  意地、なのかな。  常識なしと言われても、これで勘弁してほしいところだ。  そういうのは、おれにとってだけ大ごとで、他の誰にとっても大したことじゃない。  返信も投函して、記憶から消し去るとこにした数日後、布団の中でまどろんでいたら、ぶるぶると枕元でスマホが震えた。  夜、まだ浅い時間。  いい歳の大人がなぜこんな早い時間に寝ていると言われても、不思議じゃない時間だけど、俺はすでに布団の中。  手を伸ばして画面を見たら、チュンの名前だった。  一旦切れるのを待って、メッセージを送る。 『声出ない。文字でよろ』  飯の誘いだったら、申し訳ないけど断ろう。  おれは、ただいま絶賛風邪ひき中なのだ。 『お、風邪?』 『多分』 『生きてるか?』 『熱はない。咳。あと、声が出ない』 『見舞いは?』 『いらね』 『りょ』  チュンは慣れているので、これで通じるのがありがたい。  昨日、シュンから連絡があったときは大騒ぎされて、そういえば慣れない人はこうなるもんだったなと思い出した。  あやうくテルさんが派遣されてくるとこで、『おれにとってこの程度の風邪は、割と日常茶飯事だから大丈夫』と、慌てて断った。  あんまり納得してない感じだったから、今度、フォローしておかなきゃな、と思う。  チュンからの連絡は案の定、ナオに出した返事のことで、どっちも欠席とはどういうことだろうっていう確認だった。  幹事が気を遣って『生方が欠席なんだけど、なんかあったんだろうか』って、チュンに連絡したらしい。 『もちろん間違ってねえよな?』 『当然だろ。どの面下げて出席しろと?』 『だよな』 『招待状来たのも、ビビった』 『草生える』 『つか、マジで仕事で行けない』 『そうなん』 『そう』  関家の寺から見つかった史料、正式に仕事として保存管理することになったのだ。  ただ、何故か条件が厳しかった。  持ち出し禁止。  機材搬入可。  作業員にはおれがご指名で、手伝いは誰が何人入ってもいいけど、とにかくおれに来い、っていう。  なので職場と調整した結果、期間一年の現地派遣となったのだ。 『三月に引っ越すから、その準備』 『何、転職?』 『出張派遣』 『長い?』 『とりあえず一年。なんで、一旦ここ引き払う』 『まあ、無理すんな』 『あざっす』 『じゃ』 『また』  チュンとのやり取りを終えて、身体を起こす。  なんか、目がさえた。  買い置きしてある食料をつまんで、スポーツ飲料で水分補給をする。  薬を飲んで、用を足して、加湿器の様子を確認した。  慣れた手順。  ちょっとだけ動き回った感じだと、明日はもう少し楽になっているだろう。  まだ寒さの厳しい時期だから、油断はできないけど。  音がないのが寂しい気がしたから、テレビのスイッチを入れる。  変な笑い声の入るバラエティは苦手。  丁度、どこか知らない国の紀行番組があったので、チャンネルを合わせて二時間ほどで切れるように、タイマー設定した。  あと少し、眠ろう。  起きたら元気になっているはずだから。

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