10 / 38
第10話 ナオからの封書
少しずついろんなところに折り合いがついていって、気持ちが過去になっていく。
いつもそうだった。
どれだけ苦しくても、そうやって、やり過ごしてきた。
だから、郵便受けに知らせが届いた時は、そりゃあもう、驚いたわけよ。
自分の顔を見ることができてたら、きっと、すっごい変な顔してたろうなって思う。
いやあ、確かに出欠確認はこの時期に――挙式のほぼ一か月前にするものだし、リストからおれの名前を外せなかったんだろうって、察するけど。
だけど、実際に届いてみると、すっげえ微妙な気分。
テーブルの上にあるのは、往復はがきと白封筒。
差出人欄は、ナオの名前と知らない女の名前。
披露宴と二次会だってよ。
何を考えて、おれに出してよこした。
しかも、どの面下げて参列しろと。
おれはナオとつきあってたんだよな?
しかも有耶無耶のうちに捨てられたんだよな?
なんだって別れた男の結婚式に、行かなきゃならないんだ。
こんなの欠席一択だろう。
っていうかおれの名前を、招待客リストから外せよ。
それくらい、しろよ。
悲しいとか辛いとか苦しいとか、そういうの通り越していく。
お前、ホントにどうしたいわけ?
あんなに世話になったのに、仲良くしていたのにって、つるんでいるメンバーに言われるのは承知の上で、おれは返事を書く。
欠席します。
社会人の常識みたいなやつで、『謹んで』とか『残念ながら』を書き足す、なんていうのも習ったけど、いいだろう。
そこは、なんというか、書く気にならない。
『おふたりの幸せな新生活を祈念します』なんていうのも、誰が書くか。
意地、なのかな。
常識なしと言われても、これで勘弁してほしいところだ。
そういうのは、おれにとってだけ大ごとで、他の誰にとっても大したことじゃない。
返信も投函して、記憶から消し去るとこにした数日後、布団の中でまどろんでいたら、ぶるぶると枕元でスマホが震えた。
夜、まだ浅い時間。
いい歳の大人がなぜこんな早い時間に寝ていると言われても、不思議じゃない時間だけど、俺はすでに布団の中。
手を伸ばして画面を見たら、チュンの名前だった。
一旦切れるのを待って、メッセージを送る。
『声出ない。文字でよろ』
飯の誘いだったら、申し訳ないけど断ろう。
おれは、ただいま絶賛風邪ひき中なのだ。
『お、風邪?』
『多分』
『生きてるか?』
『熱はない。咳。あと、声が出ない』
『見舞いは?』
『いらね』
『りょ』
チュンは慣れているので、これで通じるのがありがたい。
昨日、シュンから連絡があったときは大騒ぎされて、そういえば慣れない人はこうなるもんだったなと思い出した。
あやうくテルさんが派遣されてくるとこで、『おれにとってこの程度の風邪は、割と日常茶飯事だから大丈夫』と、慌てて断った。
あんまり納得してない感じだったから、今度、フォローしておかなきゃな、と思う。
チュンからの連絡は案の定、ナオに出した返事のことで、どっちも欠席とはどういうことだろうっていう確認だった。
幹事が気を遣って『生方が欠席なんだけど、なんかあったんだろうか』って、チュンに連絡したらしい。
『もちろん間違ってねえよな?』
『当然だろ。どの面下げて出席しろと?』
『だよな』
『招待状来たのも、ビビった』
『草生える』
『つか、マジで仕事で行けない』
『そうなん』
『そう』
関家の寺から見つかった史料、正式に仕事として保存管理することになったのだ。
ただ、何故か条件が厳しかった。
持ち出し禁止。
機材搬入可。
作業員にはおれがご指名で、手伝いは誰が何人入ってもいいけど、とにかくおれに来い、っていう。
なので職場と調整した結果、期間一年の現地派遣となったのだ。
『三月に引っ越すから、その準備』
『何、転職?』
『出張派遣』
『長い?』
『とりあえず一年。なんで、一旦ここ引き払う』
『まあ、無理すんな』
『あざっす』
『じゃ』
『また』
チュンとのやり取りを終えて、身体を起こす。
なんか、目がさえた。
買い置きしてある食料をつまんで、スポーツ飲料で水分補給をする。
薬を飲んで、用を足して、加湿器の様子を確認した。
慣れた手順。
ちょっとだけ動き回った感じだと、明日はもう少し楽になっているだろう。
まだ寒さの厳しい時期だから、油断はできないけど。
音がないのが寂しい気がしたから、テレビのスイッチを入れる。
変な笑い声の入るバラエティは苦手。
丁度、どこか知らない国の紀行番組があったので、チャンネルを合わせて二時間ほどで切れるように、タイマー設定した。
あと少し、眠ろう。
起きたら元気になっているはずだから。
ともだちにシェアしよう!