11 / 38

第11話 派遣先に引越ししました

 こっちの都合としては、四月から環境が変わるのがありがたいのだけど、そうすると彼岸前後っていう、寺院の忙しい時期に引越しをしなきゃいけなくなる。  それは申し訳ないので、こっちが合わせることにした。  っていうか。  おれ、寺の近くでアパートでも借りる心づもりしてたんだよね。  なのに、あれよあれよという間に話が転がっていって、なぜか寺に部屋が用意されていた。  なんかできすぎじゃね?  申し訳なくなってくる。 「なんでじいじのとこなんだよ。うちに来てくれたらいいのに。そしたら、夜とかいっぱい遊べんじゃん」  つまり引っ越しといっても、寺に下宿させてもらう感じなわけで、大きな家財道具はほとんどない。  せいぜいテレビとデスクとハンガーラックくらい。  ってことで冷蔵庫や電子レンジや洗濯機あたりは、売り払った。  本棚は持ち運びに使った段ボールを代用にすればいいし、しわを気にしなきゃいけないような服もない。  元々そんなに荷物はないんだけど、ますますない。  おれ、実はすごく身軽だったんだなあって思った。  手伝いをしてくれながら、シュンはちょっと文句たれ。  関家の方に来ればいいのに、そしたら遊べるのにを、何度も繰り返す。 「いっくんは仕事で来てるんだからな。お前と遊ぶために来てるんじゃないから」 「知ってる!」  うん、知っていても、納得できてないんだよな。  ぶつぶつ言うシュンにテルさんが突っ込んでて、楽しそうにしてくれてるのが嬉しいと思った。  長く一緒に生活したら色々出てくるもんだけど、それでも、出だしで躓かないっていうのは大きい。  それは、寮の時に知ったこと。  今日の作業そのものは、荷物を運びこむだけで終わりにした。  荷解きはおいおい、様子を見ながらでいいだろう。  先に出しておかなきゃいけないのは、仕事関係のものだけだから、あとから一人でのんびりやればいい。  昼前に到着して、用意してもらった部屋にいくつか段ボールを入れて、おしまい。 「じゃ、昼にしようか」  あっけなく終わった引っ越しに、テルさんが苦笑いする。 「せっかくだから、蕎麦用意したんだよね」 「ありがとうございます」 「オレ、葉っぱいらない!」  いきなり、シュンが声をあげた。  ウチは天ぷらそばなんだ、と言いながらテルさんがシュンをつかまえて、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。 「葉っぱとつぼみは、じいじにあげる。オレはエビでいい」 「なんでだよ、紫蘇、美味いじゃん。っていうか、エビを要求するとは、謙虚なふりしてわがままだなお前」  先に立って台所に向かうテルさんとシュン。  後ろを、住職と一緒について行った。 「葉っぱ……」  あまりの言いように、思わず笑ってしまう。  確かに紫蘇の天ぷらって、あんまりこどもが好きではなさそうだけど、葉っぱ、ねえ。  そしてつぼみってなんだろう? 「茗荷だ」  おれの疑問になんで気がついたのか、住職が答えを言う。 「ああ、なるほど、茗荷」  確かに、つぼみだな。 「シュンは香の野菜がまだ苦手なんだわ」  そう言って二人を見る住職の目は優しい。  住職はふたりの母方の祖父なんだそうだ。  お母さんが若くして生んだテルさんを育てた人で、二人の名付け親でもある。  この年齢の人にしては大柄で、元気で、大きな口をあけて笑う人だなって、正月の時に思った。  テルさんに言わせると『雑な人』らしいけど。 「そういえばおれも、昔は好んで食べませんでしたねえ」 「ああいってるテルも、ホントはあんまり好きじゃない。あいつに自分の分だけ飯の用意させたら、肉ばっかりにするんだ」  くつくつと住職が笑う。 「自分がおおっぴらに好き嫌いすると、シュンが真似ると思ってんだ、あいつ」  内緒な、と言ってのけるのが微笑ましくて、一緒に笑ってしまった。  さすが、育ての親にかかると、しっかり者のテルさんも子ども扱いだ。  ホントにいいな、この家族。  そう思う。  テルさんとシュンの年齢差だとか、存在が見えない両親のこととか、きっと、全部が全部平穏なわけじゃないんだろうってことは想像できる。  だけどこうやって見せてくれる小さな普通が、すごくいい。 「まあ、気負わないで好きに過ごしなさい」 「はい」 「ウチは修行で人を預かることもあるから、慣れてる。変に気を遣う事ぁない。やることさえちゃんとやってくれれば、あとは、自分ちと同じくらいの気持で過ごしゃいいよ」 「ありがとうございます」  住職の言葉は、ありがたい。  かしこまりすぎないように頭を下げたら、なんとも言えない顔でおれのことを見て、住職はため息をついた。 「お前さんも、難儀そうだなあ」 「はい?」 「ここにいる間は、肩の力抜けばいいさな」  少し痛いくらいの力で、ばんばんと背中を叩かれて、なんだかちょっとだけ鼻の奥がむずってなった。

ともだちにシェアしよう!