20 / 38

第20話 似てること違うこと

「押し付けたくせに!」  雰囲気の変わったお母さんが次に口を開く前に、苛烈な声でシュンが叫んだ。 「オレのことテルちゃんに押し付けて好きなことしてて、なんだよ今更! 勝手なことばっかり言ってんな!」 「押し付けてなんてないわよ。あんたが、こっちにいたいって言ったんじゃない」 「こっちがいいに決まってんだろ。あんたのとこに居たって、邪魔にされるだけじゃん。ずっと家の中で待ってるか、あんたの仕事場であんたの仕事終わり待ってるか、託児所にいるかで、あんたは仕事仕事で、これっぽっちもオレのこと見ないじゃん」 「だって、仕事しないと収入ないのよ? 当り前じゃない」 「贅沢したいって言ってるんじゃない。ずっとオレにかまえなんて、言ってない。ちょっとでもいいからオレを気にかけてくれってだけだ。あんたはそれもしてくれない。こっちだったら、じーちゃんもテルちゃんもいるから、こっちがいいって言ったんじゃん」  肩で大きく息をついて、シュンはお母さんをにらむように見つめる。 「あんたはそれで、これ幸いって、おれをこっちに押し付けた」 「だから! ……それで、良くないことになってるなって思ったから、考えを改めたんじゃないの」 「良くないって何?」 「あんたまで、男に走ってんだもの」  前に聞いた。  テルさんとお母さんが決定的に相容れないところ。  それを今、目の前につきつけられてる。 「バカじゃないの?!」 「親に向かってバカとは何よ! ほったらかしにして他所様に後ろ指さされるようになったんなら、手元に置いてちゃんとしようって思って、どこが悪いのよ」 「へー、テルちゃんのこと、ほったらかしにした自覚はあるんだ」 「だってしょうがないじゃない、若かったんだもん! お金も仕事もなくて育てられる状態じゃなかったんだから、仕方ないでしょ? ちゃんとじいじとばあばに頭は下げたし、仕事始めてからはお金だって入れてるわよ」  悪い人じゃないんだけど、相容れない。  テルさんが寂しそうにそう言っていたのが、理解できた。  この人にとっての正しいことは、テルさんやシュンや、おれにとっての正しさじゃない。 「テルには悪かったと思ってるけど、もう大人だし今更どうにもならないもの。けど、ハルちゃんは違うでしょ? テルのとこにいてこのまま悪い影響受けるより、こっちに来た方がいいじゃない」 「悪い影響ってなんだよ! 他所様に後ろ指って、誰も何にも言ってない。あんたが勝手に言ってるだけだし、テルちゃんは何も悪いことしてないし、誰にも迷惑かけてない!」 「かけてるわよ! ちゃんと育ってくれなくて、若いとき産んだ子だからって、ちゃんと育ててないからって言われて!」 「それはあんたが、テルちゃんと一緒にいなかったからじゃん」  目の前ですごい勢いで言葉の応酬がある。  聞いていていいのかなって思ったけど、今更席を外すこともできなくて、じっと息をひそめていた。  お母さんって人は多分、気持ちはあるんだ。  ただ、もう、根っこのとこからシュンとすれ違っている。  悲しそうに見守っているテルさんとも、完全に違う。  違うってことにテルさんとシュンは気がついているのに、お母さんだけが気がついていなくて、空回っているように見えた。 「あんたが言う悪い影響ってのが、オレがいっくんのこと好きってことなら、ホントに全然違うからね」  まっすぐお母さんを見ながら、シュンが言い切った。 「オレは! いっくんが好きなの! テルちゃんは関係ないの! オレが、いっくんのことを、好きなんだよ!」  はあ?  こ、ここでそれ言っちゃうのか?  えへんと胸を張るシュンに、脱力しそうになる。  なんであの言い合いからそうなるわけ? 「はあ?」 「シュン、それは今、主張しなくていい」  おれが思ったように、二人も思ったらしい。  毒気を抜かれたような声をあげる。  だよな。 「だって、オレの気持だもん。テルちゃん関係ないもん」 「わかったわかった。とりあえず、連休は母さんのとこから講習に通え」 「ええ~」 「今夜はうちで準備して、明日からでいいから……母さんも、それでいい?」  テルさんが妥協案を提示して、不承不承って感じで話がまとまる。  絶対に明日は来なさいよ、って念を押してお母さんが帰っていった。  一連の流れ、おれは口を挟まないで眺めている。  すごいなあ、って、感心しながら。  あれだけすれ違っているのに、話、まとめられちゃうんだ。  かつての自分の『家』だった場所を思って、あまりの違いに驚いてしまった。 「すごいな」  ポロリとこぼれた。 「何が?」 「あれだけ言い合えるの。それなのに、サラって終わっちゃってるのも……」  そう続けたら、テルさんはなんともいえない顔をして頭をかいていたけど、シュンが簡単なことだよって言った。 「だって言わなきゃ、かーちゃんにはわかんないんだもん」 「怖くない?」 「なにが?」 「自分が言ったことで、家族が壊れるのが」  おれはそうだったんだよ。  おれの存在がダメになるきっかけだった。  一見似ているのに、この家とは全然違うんだ。 「ええ? でもそれ、ただのこじつけじゃん。そんなことでダメになるくらい仲が悪くって、ダメだったなら、もう何をどうやったって、ダメなんだよ」  誰かの言葉がきっかけじゃなくて、最初からダメだったんだよ。  そう言われて、ああ、そっか、って、思った。  おれが居たから別れたんじゃない。  あの夫婦はおれがいなくてもダメだったんだ。 「そうなんだ」 「そうだよ」  おれにとっては難しくて、ずっと引っかかっていたことなのに、とても簡単なことのようにシュンが言ってくれた。

ともだちにシェアしよう!