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第21話 ナオと、会う

 受験生にクリスマスはなくて、冬休みに入ると同時にお母さんの方の家に行って、そこから塾に通い詰めるらしい。  途中で合宿もあるんだってさ。  って、小学生だよ?  すごいよなあ、昨今のお受験事情。  そんな理由があって、クリスマスは前倒しでケーキ食った。  寺で、すき焼き鍋を囲んだ後にクリスマスケーキって……って思ったけど、なんか日本人ぽくて面白かった。  家に帰ったらゆず湯が用意してあるんだそうだ。  この宗教信条無視なのに、季節感だけ満載なのが、ホントに面白い。 「あ、鼓星」  帰り道で夜空を指して、シュンが言った。 「お前、難しい名前知ってるな」  住職と呑んだビールでふんわり赤い顔をしたテルさんが、シュンの髪をぐしゃぐしゃかき混ぜながら笑った。 「去年、いっくんに教わった」 「へえ……さすが物知りだな」 「ああ、そういえば自転車で轢かれたの、去年の今時分だったっけ」 「うん」  初めてこの二人に会ってから、もう一年になるんだ。  あの頃、シュンはもう少し背が低くて、ちょうど目の高さにつむじがあったのを思い出した。  今じゃほぼおれと並んでいる。  テルさんはもっと背が高いから、きっとシュンもまだ伸びるんだろう。   「そっかぁ……」    あの頃、ナオの縁談を聞いてどうしようもなくひとりだって思って、辿り着いたのがここだった。  仮の場所だって知っている。  けど、温かい場所。 「もう、一年になるんだ……」  口に出したら、きっちり巻いたマフラー越しに、ふわりと白い息が舞う。  おれの隣に立って、シュンが笑った。 「来年は受験も終わってるから、みんなでどっか行こうよ。イルミネーション? とか、見に行こう!」  確実とは言えない、未来の約束。  あいまいに笑って頷いた。    寺の正月は忙しい。  二回目の手伝いだから、こっちも少しは要領がわかってきているけど、それでも慌ただしいことに変わりはない。  特に今回はシュンがいないからね。  いつもと変わらないようにてきぱきと動くテルさんは、それでも少し寂しそうだった。  チュンと会うことにしたのは、企業の休み最終日だろう四日。  おれも五日が仕事始めで、職場に出勤の予定。  なので、今夜はホテル泊。  先にチェックインしてから待ち合わせ先に向かったら、なんとも言えない顔をしたチュンがいた。 「よう、チュン。どうした、景気悪そうな顔して」 「あけましておめでと」 「あ、おめでと。何? どうした?」  景気の悪いチュンが視線を向けた先を見て、自分の顔がこわばったのがわかった。  つるんでいる連中がいるのは、いい。  けど。 「……ナオ?」  そこで一緒に笑っているのはナオで。  増田氏もいるとこから察するに、いつもの連中といつもの新年会なんだろうけど。  けど。 「チュン、どういうことだ? 来てるの知ってたなら、先に連絡してくれりゃいいのに」 「色々と考えたんだけどさぁ、今回は乗っかった方がいいかなって思ったんだわ」 「どゆこと?」  おれの知らないところで、ナオとおれが仲違いしているんじゃないかって、気遣い担当の女子が気をまわしたらしい。  おれが仕事を理由に合流しなくなって、ナオは会いたいけど連絡がつかないとこぼしていたって。  元々おれと直に連絡していたのは、主にナオとチュンだったからね。  チュンも新年会で会わせたいって話を聞いて、一度は水を差してみたっていう。  ナオは新婚だし、おれは仕事で出向してるんだから、会う機会が減っても仕方ないだろって。  けど、ナオの方が会いたがった、らしい。  そして「一度は話をさせた方がいい」と思っていたチュンは、日和った。 「あの子たちは、お前らが付き合ってたのを知らない。だから、恨むのはお門違いだよ」 「それでもさあ……」 「お前の気持ちもわかるんだけどな……でも、絶対に話した方が、お前のためだと俺は思うわけだ」  とりあえず、二次会は抜けて話をしろ。  チュンはそう念を押してきた。  だまし討ちには驚いたけど、そこは大人だからね。  新年のあいさつや久しぶりだなって声をかけられて、ひとまずは笑って答える。  予約してくれてたっていう居酒屋に雪崩れ込んでの新年会では、できるだけナオから離れて座った。  交わされる会話の中で、いつの間に父親になってるって知った。  オクサンは今、里帰り中なんだってさ。  増田氏と愚痴とものろけともつかない、家庭の話をしている。  こんなので何を話したかったんだ? って不思議に思いながら、おれは目の前に置かれた小鉢やビールをちびちびと進める。  まあ、皆がいるところなんだから、うかつなことは言わないだろうけどさ。  そんな何とも微妙な気分の新年会。  チュンに言われていた通り、一次会で抜けて、ホテルに足を向ける。  話をしろって言われてもなあって思うから。 「郁」  角を曲がったところで、声がかかった。  懐かしい呼び方。 「久しぶりだな」  足は止めたけど、振り向けなかった。  

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