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第25話 季節は過ぎていく
毎日が何かしら忙しなくて、目の前の事柄を片付けていくうちに時間がたっている。
おれが一人暮らしに戻ってから、正月が三回過ぎた。
某有名進学中学校に進んだシュンは、少しでも連休があると寺に戻っていて、戻るたびにおれに連絡が入る。
仕事して、チュンに呼び出されて、シュンに呼び出されて、テルさんに呼び出されて、意外とバタバタしていた。
それで、ふと気がついたら春だよ。
珍しくこの間の春休みは用事が詰まっていて忙しいとかで、シュンに会う機会はなかった。
桜のシーズンは終わっていて、空気が甘くてハナミズキの花が咲いていた。
やっと時間が空いたから会おうよと、シュンから連絡があったのは、もう少ししたらゴールデンウィークだよってくらいの、中途半端な時期。
受話器越しで聞くシュンの声は、元気だなあっていう感じの声じゃなくて、いつの間にか低く優しい声に変っている。
『あそこのショッピングモール、いっくんわかる?』
テルさんとよく似ているけど、シュンの方が少しクリアではっきりしているように聞こえる。
「わかるけど、珍しいな。なんでショッピングモール? なんか欲しいものでもある?」
『じゃなくて、門限あって、じーちゃんとこに足延ばしてる時間の余裕ねえの。帰りきつい。でも、できるだけゆっくりいっくんといたいしさあ』
「門限?」
シュンの口から懐かしいけど、普通にはあまり聞かない単語が出てきて、驚く。
寮で生活していたら重要事項だけど、普通の家庭ではあんまり聞かないよね。
実家に戻ってからも、あまりご両親からは構われていなさそうだったけど、その間だって聞いたことなかった。
「門限って、今更?」
『あ、言ってなかったっけ? オレ、高校は外部受験したんだよ。そんで、全寮制の学校にうつったの。そこが門限きつくてさあ』
シュンの口から出たのは、おれが通っていた学校の、懐かしい名前。
えええええ。
「じゃあシュン、おれの後輩じゃん」
『うっそ? マジで?』
「ホント、ホント。へえ、そうだったんだ」
だからあのショッピングモールが指定されるんだって、腑に落ちた。
寮から出かけやすくて一番大きくて、今、おれが住んでいるところに近い。
時間と大体の目印の場所を決めて、電話を切った。
そうか。
もう、シュンも高校生なんだなあって、しみじみしてしまうよね。
だって出会った時は小学生だった。
おれがシュンの姿を思い出す時は、なぜか今でも、あの頃のランドセルを背負った姿なんだ。
本人にそれを言ったらきっと、ワンコがしっぽを下げちゃったみたいな感じでしょんぼりするだろうから、言わないけどさ。
ショッピングモールの入り口にあるカフェで待ち合わせ。
おれの方が早く着いたので、シュンを待つ間に空を眺める。
薄曇りだけどうっとうしいほどじゃなくて、ちょうどいい具合に紗がかかっている感じ。
「いっくん!」
「おー。おはよ、シュン。久しぶり」
慌てなくてもいいのに、オレを見つけたシュンは走って近寄ってくる。
合流して、文具売り場でノートを買うっていうからついて行って、家電売り場を冷やかして、フードコートにたどり着く。
昼には少し早いけど混みそうだからそのまま昼飯にした。
「いっくん、またそういうのを……」
「いや、これで丁度いいんだって」
時間ギリギリでモーニングセットを扱っているコーヒー屋があったので、ロールサンドとコーヒーのセットを買って席に戻ったら、チュンが眉を寄せた。
そういうチュンが買ってきたのは、がっつり定食のプレート。
「テルちゃんが心配するのもわかる」
「いや、おれ、成長期終わってるからね。お前と同じだけは、食えないからね」
「それでもさあ、もう少しなんか食えるでしょ?」
「足りなかったら追加する」
「って言って、してるの見たことないけどね」
最近、シュンはテルさんによく似てきた気がする。
いや、でもテルさんの世話焼きなとこは、住職に似てる気がするから、遺伝だ。
世話焼き一家だ。
シュンが納得してなさそうなのはスルーして、そのまま食べ始めたら、シュンも諦めたように箸をとった。
これだけ量が違うのに、食べ終わるのはほぼ一緒ってことが多いんだよなあって思って、シュンの様子を見たら、すごく丁寧にきれいな箸使いで勢いよくかっ食らってた。
うん、この勢いだもんなあ。
「なに?」
「いや? 美味いか?」
「テルちゃんの飯の方が、好き」
ツンデレというかソフトにブラコンだよな。
真顔で当然だろって感じで言うから、かわいいなあってなる。
そんなシュンの顔が、変わった。
カって目が見開かれる。
何だ? って振り返ろうとしたら、シュンの後ろから来た男子高校生らしき人物が、シュンに抱き着いた。
「ハルボン、見ーつけた!」
「お邪魔します。おれら、不審者ではないので」
「不審者だろう? どう見ても不審者だろう! 何しに来た、お前ら!」
シュンの後ろから来た子に気を取られていたけど、おれの後ろからも別の子が来ていたようで、隣の席に当たり前のように人が座る。
シュンに抱き着いているのは、今どきの言葉で言ったら『チャラい陽キャ』って感じの元気そうな子で、おれの隣に座ったのは眼鏡のおしゃれさん。
「はるぼん?」
「ハルボン」
首をかしげたおれに、うんうんと頷いて、眼鏡君はシュンを指す。
「はるあき、でしょ。それで、反応がかわいくて『お前はどこの坊ちゃまだ』って先輩が言ったので、ハルボン」
ああ。
「オレは認めてない!」
「定着してるんだし諦めなって」
そういえばシュンが同じ年頃の子といるのは、初めて見る。
抱き着かれたままでシュンはむきーってなっていて、その様子が新鮮だなあって思った。
「まあ、学生時代のあだ名って、そういうものだよね」
頷いたらシュンがピタッと止まった。
「そうなの?」
「うん。チュンもそうだし、おれもそうだよ」
「チュンって……いつも言ってるチュンさん?」
「あいつ、苗字に『雀』がつくんだよ。それで小柄でにぎやかだから、チュンチュン。略してチュン」
理由はあるようなないような感じだし、嫌がれば嫌がるほど定着するしね。
多分シュンはこれから高校時代の知り合いからは『ハルボン』って呼ばれ続けるんだと思う。
その時はわからなくても、今となると、くすぐったくて優しい思い出と一緒になる。
「いっくんは? なんて呼ばれてた?」
「ん? おれ? ぶー。今でもチュンはそう呼ぶよ」
そう言った時の、高校生たちの表情は、とても久しぶりに見るものだった。
ぶーっていう音から連想されるのは、破裂音出しながら飛ぶ風船とか、ふくよかな体型だっていうのは知ってるから、改めて言わなくていいからね。
「おれの苗字『うぶかた』だから。印象に残った音が『ぶー』だったらしいよ」
「あ~」
そのたくさんの感情が入った三重唱は、まあそうだよねって感じのものだった。
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