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第31話 はるはあけぼの
ぼんやりと目を開けたら、隣にシュンがいた。
素肌が触れ合っていて、まだなんだかしっとりしているとこもあって、すがすがしいのに生々しくて、ああシュンと寝ちゃったなあって、実感した。
ふわりと空が明るくなってきて、新聞配達のバイクが通っていく音がする。
「春は曙。ようよう白くなりゆく、山際すこし明かりて」
思い出した一説を口にした。
目を開けたシュンが、名残惜しそうにおれの髪をもて遊びながら、続きを声にした。
「紫だちたる雲の、細くたなびきたる……『枕草子』? どうしたの急に」
「お前の時間」
「春は曙、が……? 暁じゃなくて?」
「どっちも朝を示す言葉だよ。正確には暁が時間的には先、それから曙」
暁は夜の中うっすらと空が明るくなる時間。
静かでまだ誰も気がつかないくらい、少しだけ空の色が変わる、そんな時間。
夜の中の限りなく明けに近い時間が、暁。
シュンの手を取って握りしめる。
それからシュンの手の甲に、頬を寄せた。
「オレの曙はいっくんだ」
シュンがそう言っておれの唇を啄んだ。
「……おれ?」
「いっくんが『ここにいて』って言ってくれたから、オレはオレを認められた」
それは出会ってそれほど経っていない時、おれが熱に浮かされて言った、人違いの、なんでもない言葉。
「お荷物になってるだけじゃなくて、誰かに、何かを差し出せる。オレにもできることがあるって、いっくんが教えてくれた」
「大げさだよ」
「いっくんにはそうかもね。でもオレにとって、いっくんはずっと目印だったから」
おれの首筋に顔を埋めるように、おれを抱きしめる。
まだ寒い春の朝、温かい布団の中で、体重をかけておれがつぶれないように加減しながら、でも、どこにも行けないように。
宝物みたいに、ぎゅうって、シュンがおれを閉じ込める。
「いっくん……郁。好き」
「ああ。おれも好き。ずっと好きでいてくれて、ありがと……」
おれは……ううん、おれにとっても。
おれの夜明けは、お前だったんだと思う。
幼いころから、周囲とうまくいかなかった。
おれのせいで両親は別れたと思っていた。
おれがうまくできないせいで、おれから人が離れていくんだと思っていた。
恵まれているけど、ただちょっと寂しい、それがおれの人生だと思っていた。
そんなおれの気持ちを救い上げてくれたのは、シュン、お前なんだよ。
まだ暗い中で、光の存在を知らせてくれた。
見えなくてもここに光があるよと、教えてくれた。
シュンが、ずっと、おれを好きだと言い続けてくれたから、おれは少しだけ自分が好きになった。
百パーセントで自信満々に自分が好きだなんて、まだいう自信はない。
でも。
これから少しずつ、もっとシュンを好きになって大事にして、シュンを幸せにすることで、明るい方に顔を向けることができると思うんだ。
「シュン」
耳元にキス。
身じろぎしたところで、耳たぶを食んだ。
「ン……」
舌を伸ばして耳殻をなぞる。
大好きだよ。
おれの暁。
「ん、や……いっくん……」
おれの首元から顔を上げたシュンが、涙目でおれを見る。
かわいいかわいい、おれの男。
「そんな煽って、どうなっても知らないよ?」
「好きなようにしていいよ」
そう言って鼻の頭に嚙みついたら、シュンが上半身を持ち上げて戦闘態勢になった。
「言ったな?」
「言うだけはタダだから」
「後悔するなよ?」
「しないよ」
とはいうものの。
きっとシュンの体力にはついて行けなくて、あとで熱を出すのはおれの方。
そして、それでおろおろするのはシュンの方。
シュンはまだそれに気がついてないみたいだけど、おれはそこまで想定済みで、シュンにキスを贈る。
大好きだよ。
一緒に朝を迎えよう。
何度も。
何度でも。
シュンの愛撫に、おれは身を任せる。
どこまでついて行けるかなって、ちょっと挑戦者な気分になりながら。
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