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オレは恋人と先へ進みたい(10)完

問題は次の日だった。 健の足腰は生まれたての子鹿のように震え、立ち上がることすらままならない。朝食を摂るために気合いを入れて乗り切ったが、部屋に戻ってからはベッドから動けなくなる始末だった。 「ごめん……もう少し休ませて」 「分かった。もう旅行の目的は果たしたし、寄るところもないだろ。チェックアウトの時間まではゆっくりしてよう。無理させてごめんな」 携帯のアラームをセットして、同じベッドに潜り込む。もう一眠りしようかと思ったが、抱き合いながら睦み合っているうちに時が過ぎて、一睡も出来なかった。 チェックアウトの手続きをした後、レンタカーにガソリンを入れて洗車し、返却する。 地下鉄に乗って帰宅する頃には十三時過ぎになっていた。丸一日ぶりの家は、知らない場所のように思える。 靴を脱いで上がろうとすると、健がそれを制して先に靴を脱ぎ、荷物を置いて賢太郎に向き合う。 「賢太郎、お帰り」 「……ただいま」 健は、微笑みながら腕を広げて賢太郎を抱きしめた。旅行に出かける前は別れすら予感していたのに、それが嘘のように柔らかく包み込まれている。あんな寂しい思いは二度としたくない。辛いことがあっても、上手くいかないことがあっても、ずっと健の傍に居たい。 また健との日常が始まっていく。賢太郎は恋人を抱きしめ返し、一息吐いた。

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