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第42話 差し出された手
「小さな農村で珍しく見目がいいと思っていたが、君も中々いい趣味をしているのだね。ミカエル君」
落ち着きのある優しい声色は、ダニエル教官だった。
自分の身に起きていることに囚われすぎていて、他の人物が教会内に入ってきたことに気付かなかった私は、ミカエルの身体を押しのけて立ち上がった。
「ミカエル、家に帰りなさい」
乱れた聖服を正しながら、私はミカエルにこの場からの退場を促した。
けれどミカエルは笑顔のまま私をダニエル教官に見せ付けるように後ろから抱きついて離れようとはしなかった。
「僕はセドリックに言われてるんです。ダニエル先生と神父様を二人きりにするなって。だから無理ですね」
それではミカエルまでダニエル教官の餌食になるかもしれない、私は息を飲んだ。
「大人の会話にミカエル君は口を挟むつもりですか。……まぁいいでしょう。アルフレッド、昨日の返事を聞きに来ました」
さすがにこの場から逃げることができない私は、ミカエルの腕を押しのけて、再度言った。
「私は大丈夫です、ミカエル。さぁ、早く家に帰りなさい」
「そんなに僕に聞かれたら駄目なことですか?ミカエル先生は神父様を拐かそうとしてるだけなのに、そんなに二人きりになりたいんですか?!」
この言葉である程度の事情をセドリックから聞いていることが分かった。
「拐かすなんて人聞きの悪いこと、僕はしませんよミカエル君。アルフレッドは自分の意志で僕についてきますよ」
だいぶ自信のある言い方をするダニエル教官に、私は疑問を感じた。
そういえば、この場にいてもおかしくないセドリックがいないことに気付いた私はミカエルに聞いた。
「セドリックはどうしたんですか、ミカエル」
「村の警備隊に事情を説明したんですけど、村じゃどうにもならなくて、セドリックは街まで行ってます」
「そうなのか、ならば増々早くしなければ。アルフレッドこちらに来なさい」
確か街の警備隊は音楽学校と親密関係だったことを思い出した私は、差し出されたダニエル教官の手を取った。
「何故ですか!!……神父様っ」
「私は大丈夫です、ミカエル。……必ず帰ると村の人達に伝えてください」
ミカエルを少しでも安心させようと、私はいつもの通り笑ってみせた。
「さぁ行こう、アルフレッド」
ダニエル教官は私の手を引いて、一緒に教会を出た。
教官の笑顔は私にピアノを初めて教えてくれたときのように、穏やかで優しかった。
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