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第27話
その後睦は、八戸を気遣ってキッチンに立って、チャーハンを作ってくれた。汗で濡れたトレーナーが嫌だと言うので八戸の服を貸した。自分の服を着ている睦が新鮮に見えたし、キッチンに立ってくれるなら、フリル付きのエプロンでも準備したいと密かに妄想を膨らませた。
二人は八戸の部屋でだらだらと過ごした。途中昼寝をしたり、八戸のお気に入りの映画を一緒に見たりしているうちにあっという間に日が落ちた。一つ一つはなんてことないことなのに、睦が隣にいるだけで幸せだった。それは睦も同じように思っていたようで、帰りを促そうとすると話をそらしてくる。
そしてなんだかんだと理由をつけて嫌がる彼に上着を着せたところで、仔犬のような上目遣いが炸裂した。
「……泊まっていったら駄目すか?」
いいよ! と言いたい気持ちをぐっと堪える。
今日、何度こらえただろう。試されている気持ちにさえなる。八戸は努めて冷静にそして静かに首を横に振った。
「君は将来、俺を家族に紹介してくれるんでしょ?」
急に話が飛び、睦はきょとんとした顔でしばし瞬いたあと、頷いた。
「その時に、大人として君を大事にしてきたってちゃんと行動で示したい。……協力してくれるかな」
「そんなこと言われたら、帰るしかねぇじゃん」
降参したような笑顔を見せて、睦はようやく立ち上がった。駅まで送るつもりだったが、危ないからと言って聞かない。三十路の男が夜七時の住宅地を出歩くことのどこが危ないのか甚だ疑問だが、ひとまず彼の好意に甘えておいた。
履きつぶした黒のスニーカーを二秒で履いて、向かい合う。何か言いたそうな顔をしている睦の言葉を黙って待った。
「俺、ちゃんと八戸さんと釣り合えるように頑張るんで」
「……うん」
もうとっくに釣り合ってると口にするのは、彼の決意の芽を摘むような気がしてためらった。
職場の男に好きだと言った睦。家族に紹介できなくて悔やんでいた睦。彼は八戸と釣り合うどころか、はるか先を行っている。自分に正直でどこまでもまっすぐだ。対して八戸は今この瞬間だって「愛してる」と言えずにはにかむぐらいしか出来なかった。
「睦、来週もおいで」
八戸の精一杯の甘い言葉に睦は嬉しそうに笑うと、返事の代わりにキスをした。一週間分の長い口づけにしばらく時間が止まった。
完
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