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共通話‐1

「よし! うまく撮れた!」  角度も明るさもバッチリ。俺は携帯電話で取り終えた製作中の動画をチェックすると、最後に皿に盛りつけた“主役”を撮影した。  動画のタイトルは、『甘さ控えめ 意外とヘルシーなじゃがいもプディング』、でいくか。  プディングの皿は四つ。俺とお父さんとお母さん、それにお姉ちゃんの分だ。皿の一つを持って、部屋に戻る。できたてのじゃがいもプディングを食べながら、動画サイトにさっき撮った映像を編集しアップする。  俺、遠野新太(とおのあらた)は、お菓子作りが大好き。小学生のころ、お母さんに教えてもらいながらクッキーを焼いてアイシングでデコレーションして以来、お菓子作りにハマっちゃって。中学生になった今では、作っている手元の動画を撮って、動画サイトにアップしている。おかげで自分でもビックリするぐらいの回数を再生されて、「作ってみたけどおいしかった」「ファンです」なんて言ってくれる人もいて嬉しい。  背は日本の中学三年生の標準で、あまり目立つような外見でもなく、ほかに取り柄らしきものが無い俺としては、自分の趣味が他人様を喜ばせることになって嬉しい。  次は時期的にクリスマスケーキかな。何か変わった材料で、簡単にできるものを考えよう。けど、もうすぐ受験だから、本当はこんなことしてる場合じゃない。次のクリスマスを最後に、受験が終わるまではお休みだ。  このじゃがいもプディングだって、粉末のマッシュポテトの素で作っているから簡単なんだ。生クリームと卵と砂糖と――ああ、お母さんが「電話よ」って呼んでるから、レシピは俺の動画を見てね。  俺に電話って、誰だろ? お母さんが「失礼のないようにね」なんて言ってるけど。 「はい、遠野新太です」 《やあ、はじめまして。私は聖トマス・モア学園の理事、宝尾(たからお)と申します》 「聖トマス・モア?!」  聖トマス・モア学園といえば、創設者が確かイギリス人とかで日本一の進学校。全寮制男子高校で、何だか制服がかっこよくて、頭のいいお坊っちゃんだけでなく、スポーツや芸術に秀でた人たちも、学園からスカウトされて入学するとか。 “文武両道のジェントルマンを育成する”だって。二週間ほど前だっけな、テレビで特集されてた。 《遠野新太くん、ぜひとも君に、聖トマス・モア学園の入試を受けていただきたいのですが》 「えっ?! 入試ですか?!」  トップクラスの進学校、入学試験のレベルもかなり高いと聞く。入学したときから大学受験は始まっている、と一年生で公立高校の三年間の学習を習得するとも言ってたっけ。  なぜ、この俺が…受話器を持つ手が震えてしまう。 《理事長がね、君の動画に大変興味を持たれましてね。理事長がお知り合いの料理専門家に動画を見ていただいたところ、アイディアやセンスが素晴らしいと――》  見ず知らずの人から褒められ、もう冬だというのに俺の顔がカーッと熱くなった。めちゃくちゃ照れくさくて、お礼を言うのがやっとだった。  宝尾さんのお話によると、スカウトで入試を受けるスポーツクラスと芸術クラスは、試験問題のレベルが普通の公立高校並みだそうだ。  試験レベルは公立高校でも、日本中のセレブが通う超一流私学。設備が整っていて、学食は高級レストラン風、寮はホテル風、実験室や音楽室、視聴覚室などもそんじょそこらの学校とは比べものにならないとか。  ごく普通のサラリーマン家庭で、おまけにお姉ちゃんの大学費用がかかるから、お母さんがスーパーのレジのパートをやってる、そんな俺んちに学費が払えるだろうか。 「あ…あの…、受けたいのはやまやまなんですが…。その、うちはあまりお金持ちじゃないというか…」 《ああ、学費のご心配でしょうか。うちは創設者が利益を求めるより、優秀な人材の育成を主にしております。半ボランティアのような運営でして。学費は公立高校とほぼ同じです》  俺が返事に困っているのを察してくれた宝尾さんは、そう答えてくれた。全寮制だけど、寮費もほかの私学に比べたら、格段に安いらしい。  さらに入学が決定したら、新年度から製菓部を作ってくれて、俺が初代部長になるらしい。  最後に、一週間後にまたご連絡いたしますからご両親とよくお話し合いなさってください、と言われて話を終えた。  けど、話し合いをするまでもない。俺も両親も、大学生の姉ちゃんまでも聖トマス・モアを受験することは大賛成だった。姉ちゃんは確か、テレビで学園の制服を見て「素敵よね~」なんて言ってたっけ。あと、めちゃくちゃファンだっていう有名人が、学園に通っているらしい。  かくして、みんなの受験より少し早く、来年の一月十五日、俺はかのエリート高校聖トマス・モア学園を受験するのだった。

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