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共通話-2
あれからお菓子作りを休んで受験勉強に励んだ甲斐あって、俺は無事に聖トマス・モア学園に合格した。
今日は入学式。お父さんは仕事で来られないけど、お母さんが来てくれた――それはわかるけど、なぜかお姉ちゃんまでついて来てる。お姉ちゃんは、ぜひとも生で聖トマス・モアを見たかったのだそうだ。成人式のときの着物を着て、張り切ってめかしこんで。周りを見たけど、姉がついて来てるなんて俺だけじゃないか。恥ずかしい…。
鉄製の洒落た門に、外国のお城みたいな石壁。門からはバラのアーチが校舎の入り口に続く。校舎はレンガ造りの建物だ。
学校も純洋風で豪華だけど、寮の部屋がホテル並みにきれいだ。寝心地のいいベッドに、くつろげるソファー。机なんて、どこのおしゃれなオフィスだっていうぐらいカッコいい。L字型でキーボードトレーやペントレーまでついててカッコイイ。
…しかし…。テレビで見たときはまさか自分が着ると思わなかったけど、この制服…。
お姉ちゃんが笑いながら俺に言う。
「なんだか新太が着ると、お笑い芸人が手品師のコントでもやるみたいね」
何だそりゃ。弟の晴れ姿に失礼だな。
確かにここの制服は、よくある学ランやブレザーではない。黒い長めのジャケット――フロックコートっていうのかな、その下にピンタックが入ったおしゃれなシャツに、グレーのベストとネクタイ。黒のスラックスに黒の革靴。おまけに、普段はかぶらなくてもいいけど、入学式や卒業式、創立祭などの式典には必ずシルクハットをかぶらないといけないらしい。こんなのかぶるなんて初めてだ。
新入生が集まるこの校庭、周りを見ても――落ち着かないのか、帽子やネクタイの位置を直している子ばかりだ。
あれ? あの子はおじいちゃんと来たみたいだな。タキシード姿にビデオカメラまで持って、張り切ったおじいちゃんだ。
「お坊ちゃま、よくお似合いでございます。お式のご様子は、この爺やがバッチリと撮影して旦那様や奥様にご覧いただきますからね」
「ありがとう。頼むよ」
ひえーっ! おじいちゃんじゃなくて“爺や”! そんな人、現実にいたんだ!
隣では指輪をゴテゴテつけた眼鏡のおばさんが、新入生のネクタイを直してやってる。
「いいこと、直樹(なおき)ちゃん。新入生代表の挨拶は、おうちで練習しているつもりで落ち着いて読むのですよ。ママがついていますからね」
「はい、ママ」
あの子、新入生代表挨拶ってことは、進学クラスの受験生の中で一番の成績だったんだ。目が大きく、小柄で女の子みたいに色白だけど、俺たちの中で一番頭がいいんだ! 凄いな…。
ここ聖トマス・モア学園は、学費は公立高校並みだけど、進学クラスはレベルが高いために塾や家庭教師などにお金をかけるせいか、結果的にお金持ちの御曹司ばかりだそうだ。
「キャーッ!」
お姉ちゃんの突然の奇声に、思わず耳をふさいでしまった。…帽子がズレちゃったじゃないか。
「ほらほら新太! あそこにいる五人が例の生徒会メンバーよ!」
携帯電話を掲げてお姉ちゃんはシャッターをタップしまくる。もう、勝手に撮影なんかして失礼じゃないかっ。
どの五人、なんて聞かなくてもわかる。ベストが制服のグレーじゃなくて茶系や赤や黒で、柄もペイズリーやチェックなど、俺たちとは違う五人。確か、生徒会と寮長、クラス代表とクラブの部長は、色や柄のついたベストの着用を許可されている。
それに、校庭の壁際で談笑している五人が目立っているのは、ベストが違うからってだけじゃない。みんな美形で背が高い。金髪の人もいる。
彼らが聖トマス・モア学園生徒会。テレビでチラッと出てたっけ。
「あの眼鏡の男の子! あれが生徒会長よ!」
一人だけ、フレームの無い――ツーポイントっていったっけ、そんな眼鏡をかけて穏やかに微笑んでいる人がいる。ベストは黒で銀色の縁取りがある。とても美形で大人びていて、俺より二歳しか違わないように見えない。
「榊総合病院で看護士やってる先輩に聞いたんだけどさ、院長の跡取り息子らしいのよ。凄くない? 心臓外科や脳外科の技術が、世界でもトップクラスの大病院よ!」
榊総合病院の院長は、病院だけでなく製薬会社や健康食品会社、医療器具の会社や介護施設、セキュリティ会社などを子会社に持つ、榊グループの総帥なのだそうだ。
お姉ちゃんのシャッターをタップする指は止まらない。今度は、生徒会長の隣に照準を合わせる。
「隣の一番背が高い男の子、あれが副会長よ」
みんなより帽子の位置が高い。人混みの中でも迷わず見つけられそうな人だ。遠目でも、眉がキリッと濃くて端正な顔立ちなのがわかる。肩幅も広くて、きっとマッチョなんだろうな。
茶系のチェックのベストを着ている。
「聖トマス・モアマニアの友達に聞いたんだけどね」
どんな友達だよ、それ。
「実家が鎌倉時代から続く、剣道の道場なんだって。有名な戦国武将も、子供の頃に通ってたことがあるとか」
そうか、剣道やってる人なんだ。背が高くて逞しくて、用心棒にぴったりだな。
「うわぁ~っ! 生で見ると一段と美少年よね、あの金髪の彼」
帽子の黒がよく映える、ゆるやかなウェーブの金髪。桜の花を散らす風に乗って、ほんの少しだけふんわりと揺れる。綿飴を思わせるような柔らかさだ。
青い目に白い肌。映画のワンシーンか油絵でも見ているみたいだ。
ベストは、赤のタータンチェック。
「聖トマス・モアマニア情報によると、父親がフランスを拠点にしている貿易会社の社長でね、その御曹司よ」
マニアには、個人情報がダダ漏れなのか…。
お姉ちゃんの手が微動だにしなくなった。いや、動画を撮っているのか。
映し終えた映像を見て、ホーッと長いため息をつく。
「やっぱり本物はキレイよね~。テレビや雑誌で見る夜 くんもいいけど」
「何で名前まで知ってんだよ」
普通に疑問に思った俺に、お姉ちゃんは眉を吊り上げる。
えっ…俺…なんか悪いこと言った…?
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