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聖-19
何も言えずにまばたきだけ繰り返す俺を怪訝に思ったのか、会長もまばたきを繰り返す。
「どうしたんですか? 大切な人に会えないと寂しい、と思うのが普通でしょう?」
「大切な人って…」
「もちろん、遠野くんですよ。私の恋人ですからね」
「えーっ!」
恋人? 俺が? 会長の恋人? いつから?!
「なぜ、そんなに驚いているんですか。君は私のことが好きで、私も君が好きなんですから、当然でしょう」
好き…? 好きって…。理事会に会長といっしょに水饅頭を作って、その後会長といっしょに水饅頭食べたあのときの、つい口をすべらせた“好き”であって。会長の“好き”も、その意味だったなんて!
「俺…その…あの…何て言ったらいいか」
会長は眼鏡のブリッジを指先で押し上げる。
「まさか、君の“好き”というのは、意味が違ったのですか? 私の勘違いだったのですか?」
「そそそそんなことないですっ。俺も会長と同じですっ」
また、俺は夢を見ているんだろうか。会長が俺のこと、恋愛対象として見ていたなんて。じゃあ、今朝俺にキスしたのは…。
「会長…その…今朝…“ハッピーバースデー新太”って…キスしてくれたのは…」
深いため息をつき、会長は眉を下げた。
「恋人の誕生日に、お祝いのキスをするのは当然でしょう」
「あ、あの…俺、まさか会長がそんな意味で好きって言ってくれたとは思わなくて…。だから今朝のキスも、イブ先輩がするものみたいなもんかなって」
「私は彼みたいなことはしませんよ」
眉間にシワが寄った。イブ先輩に注意したときみたいな冷たい表情。…ってことは、あれはヤキモチで…?
「だからアメリカ留学も取りやめて、日本の医大に進もうかと考えているんです。実家から比較的近い所にありますからね。来年の夏休みもこうして、君と旅行したいですから。今年ほど時間が取れるわけではないでしょうけど」
なんだかホッとしたら、涙が出てきた。
会長が俺のこと好きで。
アメリカ留学もやめてくれて。
来年も旅行したいって。
涙が止まらない。
「嬉しい…。会長…、卒業しても、ずっといっしょですよね」
熱い指が、涙をぬぐってくれた。
「当たり前ですよ」
会長が触れてくれた所が熱い。まるで全身が心臓になったみたいに、ドクドクと脈打ってるようで。
会長は眼鏡を外して、デスクの上に置いた。
「君が卒業するまでは清い関係でいたいと思ってたんですが…我慢できなくなりました。そんな可愛い泣き顔を見せられたのではね」
会長の顔が近づいてきた。とっさに目を閉じたら、唇が重なった。思ったより柔らかくて、触れたと思ったらすぐ離れた。十六歳の誕生日に、愛する人と初めてのキス。最高のプレゼントだ。そういえば――
「会長の誕生日って、いつですか?」
「四月十日です」
「もう終わってるじゃないですか~。俺からもプレゼントしたかったのに」
ギュッと抱きしめられた。かすかにシャンプーの匂いがする。
「今年は終わりましたが、来年の十九歳の誕生日は、楽しみにしてますよ」
そうだ、これからは会長とずっといっしょにいる。来年も再来年もずーっと、毎年誕生日を祝えるんだ。でも俺は会長みたいにお金持ちじゃない。何をあげたらいいんだろう。
「その…、プレゼントのリクエストってありますか?」
「君からいただけるものなら、何でもいいですよ」
困った。一番困るパターンだ。俺にできることといえば、お菓子を作ることだけど。ずっと抱きしめられたまま考えていたら。
「ではもらいそびれた今年のプレゼントを、今いただけますか?」
「今…って、俺…何も用意してなくて」
さらにギュッと強く抱きしめられ、耳元で低く甘くささやく声がした。
「遠野くん、いえ、新太。君が欲しい」
ええーっ!
俺が欲しいってことは…。
「新太の全てを、私にくれますか?」
本当に俺でいいのかな。会長、何か間違ってないのかな。今さらながら、俺は会長と付き合っていいのかなと不安になる。
「会長…、本当に…俺でいいんですか? お菓子作るしか脳がなくて、会長みたいにカッコよくないし背も低いし頭もよくないし、めちゃくちゃ凡人なんですけど…」
「自分自身を卑下しないでください」
抱きしめていた腕をほどくと、会長は真正面から俺を見た。
「お菓子を作れる君の才能は、素晴らしいです。それに優しさも素直さも、私は大好きですよ。凡人などと言わないでください。私にとって、たった一人の恋人ですから」
そんなに褒められて頭がボーっとのぼせた。ぼんやりしていたら、いつの間にか体が宙を浮いていた。俺、お姫様抱っこされてるー?!
「垣内さんと多恵さんは、もう離れにいる時間ですからね。声を出しても大丈夫ですよ」
声…って…。急に恥ずかしくなって汗が出た。宙に浮いてた体は、ベッドに横たえられた。
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