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聖-21
翌朝目が覚めたら、肘枕でこちらを向いている聖さんと目が合った。
「聖さん…、お…おはようございます…」
「おはようございます、新太。シャワーを浴びますか?」
聖さん、俺よりも早く起きて、ずっと俺の寝顔見てたのかな。なんだか恥ずかしい。
聖さんはおはようのキスをしてくれた後、俺にバスローブを羽織らせてくれた。
「いっしょに入りましょうか」
その一言で、ぼんやりしていた頭の中がはっきりとした。
「ええっ! いっしょに…って」
「垣内さんは庭の手入れで、多恵さんはキッチンにいると思います。だから鉢合わせはしませんよ。別に男同士だから、変に思われたりもしないでしょうし」
聖さんといっしょにシャワーって…想像してたら下半身が反応しそうで。
あれ? 部屋の外で何か音がしてる。ドアを擦る音のような。
「仕方ないですね」
ベッドから下りた聖さんは、ドアを開けた。
「ワンワンワン!」
スカーレットが尻尾を振って、聖さんに飛びついた。朝から元気だなあ。
「どうやら散歩の催促のようですね。散歩をしてから、シャワーにしましょうか」
じゃあドアの音は、スカーレットがやってたのか。
「でも、よく俺たちがいる部屋がわかりましたね」
スカーレットの頭を撫で、聖さんはTシャツに袖を通す。
「多分、ドアを全部ノックして、反応が無かったら隣の部屋、と来たんでしょう」
さすがスカーレット! でもこれから、俺たちの時間に割りこんで来たりしないかな? もしも俺がおあずけくらったら、スカーレットもおやつのビスケットをおあずけだぞ
その日はクルーザーで初島に出かけた。周りを海に囲まれたリゾート地。ヤシの木や熱帯の植物に囲まれてハンモックで揺られていたら、外国にでも来たような気分だ。
「聖さん、ここ、すっごく楽しいですね! 来年もまた来たい!」
ハンモックの上でドリンクを飲み、聖さんが眩しそうに眼鏡の奥の目を細める。
「毎年来ませんか? ここと軽井沢に。今月下旬も、都合がよければ軽井沢に行きましょうか。バトラーやトリスタン、イゾルデにも会わせてあげたいですしね」
「下旬…テスト勉強もあるし、難しいかな」
「大丈夫ですよ」
聖さんは体を起こした。
「軽井沢で、勉強会にしませんか?」
俺も体を起こして、“はい!”と元気よく答えた。聖さんといっしょだったら、何でも楽しい。苦手な勉強も。
丸一日思い切り遊んだ後は、別荘に戻ってスイーツ作り。昨日のバースデーケーキをアレンジしたトライフル。スポンジケーキからフルーツを取り、丁寧にクリームを落とす。グラスにカットしたスポンジ、クリーム、フルーツを重ねていく。四人分のトライフルを作り、垣内さんと多恵さんにも食べてもらった。二人とも、大喜び。滞在中にまた、何か作ってあげたいな。
夜はまた、寝室で聖さんに勉強を教えてもらった。
「ギリシャ帝国とローマ帝国って、ごっちゃになるんですよね」
「ギリシャ帝国の方が歴史が古いです。ギリシャは複数のポリスによって形成された国家で」
聖さんはわかりやすい表を書いて説明してくれる。本当に頭の中がどうなっているのか、不思議だ。
「ローマはもともと、小さな国家でした。ギリシャは当時から高度な文明を持っていて――」
俺だけの先生は、とても親切丁寧に教えてくれる。授業ではついていくのに必死だけど、聖さんの話を聞いてると不思議なぐらい頭に入ってくる。
「結局は多数のポリスが反乱を起こすため、統一国家のローマとは違い、統制力が無かったのです」
「なるほど…。中学のころ、ごっちゃになってそのままで、うやむやな状態で無理やり暗記したので、その辺よくわからなかったんですよね」
「前にもお話したとおり」
聖さんは眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「意味や内容を理解した上でないと、せっかく暗記しても忘れてしまいます。年代は後回しにして、どんなできごとがあったかを把握していけば、歴史というものは繋がります」
軽井沢でも数学や英語のおさらいをしよう。でも、こんなことばかりしていたら、聖さんのレポートが――
「あ、あの…。俺ばかり勉強を見てもらってたら、聖さんのレポートが進まないんじゃないですか?」
「私のレポートは、もうできてます。夏休み中、することは無いんですよ」
わあっ! さすがIQ150! 何の心配もいらないんだ。
「ああ、することは無い、は間違いですね」
眼鏡を外し、聖さんは真っ直ぐ俺を見る。
「新太と愛し合う、という大切な予定がありますからね」
そう言って唇を重ねてきた。明日の朝、スカーレットに起こされるまで、俺は聖さんの腕の中…。
――榊聖、HAPPY END――
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