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第2話
「王子、本当にこの者が……?」
従者が椅子の肘掛けに頬杖をつく青年に訝しげに問うた。
「さぁ……。それはやってみないことにはわからん」
王子と呼ばれた青年に従者は困った顔をする。
「もういい。下がれ」
「しかし……」
「人の情事を見る趣味があるなら別だが?」
青年は従者にあざ笑って見せる。従者は少し顔を赤くしてそそくさと部屋から出て行った。
部屋にはシアンと青年だけになり、シアンはますます居心地が悪くなった。
「名前は?」
「え……?」
「名前を訊いている」
「……人に、名前を訊ねる時はまず自分から名乗るべきだ」
青年があまりにも偉そうにするので、何も聞かされずに連れてこられたシアンはなんだかムッとした。
従者がこの青年を王子と呼んでいたし、ここは王宮。つまり彼はこの国の王の息子ということになる。そんな相手に反抗的な態度をとれば罰を受けてもおかしくはないが、もともとは奴隷の身分。いつ主人の逆鱗に触れて罰を受けるかと毎日怯えて暮らしていた。
その主人より身分の高い相手。どうせ罰を受けるのならおとなしくしているなんて馬鹿馬鹿しい。
「それもそうか」
青年はシアンを見て、ククと笑って足を組んだ。
「ノアだ。ノア・オーウェン」
「……オーウェン……?」
その名を知らぬ者はこの国にはいない。オーウェンは王族だけの姓だ。
「俺はこの国、ユノヘス王国の第三王子だ。それで、おまえの名前は?」
どうして田舎町のただの奴隷がこのような身分の高い者の目の前にいるのだろう。
奴隷のシアンには選択肢などない。言われるがまま従うだけだ。そうやって従って生きてきただけなのに、いつの間にかこんなところまで来てしまった。
「シアン……」
「シアンか。こちらへ」
困惑しながらもシアンはゆっくりと王子の元へ近付いた。身体中が小さく震えていた。今からなにをされるのか予想もできなかった。
身を綺麗に洗われて質のいい服を着せられたのだから殺されるようなことはないとは思うが、世の中にはいろいろな嗜好の人間がいる。この王子が偏った嗜好を持っている可能性だってある。
王子の手がシアンの頬に触れた。その手はとても冷たく、まるで死人のようだった。
冷たい指先がシアンの赤い髪を梳き、グッと後頭部を押さえ込まれ次の瞬間、冷たい唇がシアンの唇を塞いでいた。
「んっ……!?」
突然のことに抵抗するのを忘れてしまう。
その舌がシアンの口内にぬるりと侵入してくる。
「んんっ……!?」
生々しい感触に鳥肌が立ち、後頭部を押さえる王子の腕を掴んで抵抗するが、貧弱なシアンの力では王子から抜け出すことは不可能だった。
「おとなしくしていろ」
「んっ……」
シアンの口の中の唾液をすするように貪り付く王子に、シアンは先ほどの王子の言葉を思い出した。
(情事……って言ってた……)
奴隷ゆえにまともな教育も受けてはいないが、情事が一体どういう意味かくらいは知っている。
他の奴隷仲間がたまに主人に呼ばれて朝まで帰って来ないことがあった。戻って来たと思うとだいたいが目を腫らして泣いたあとで、それは決まって若い女たちだった。
もっと幼い頃はわからなかったけれど、成長するにつれ自然と耳に入ってくるようになった。主人が奴隷を慰み者にしているという話を。
ようやくここに自分が呼ばれた意味を理解した。この王子の慰み者になるためだ。
なぜ、ただの薄汚い奴隷の自分なんかを。しかも自分は王子と同じ男だ。
身分の高い者の中には美しい同性を好む者がいるとは聞いたことがあるが、この国の王子がまさかそうだとは思いもしない。
それにどんなに綺麗に洗っても、痩せすぎで、肌も荒れ、見た目も良いとは言えない。鍛え上げられている身体の王子の隣に並んだら自分がどれだけ貧相かよくわかる。
「……すごいな」
口端から零れるシアンの唾液を舌で舐めとった王子はニヤリと口角を上げた。
いくら奴隷でも、屈辱的なことをされれば怒りもする。相手が王子だとしてもそれは一緒だ。
キッと王子を睨み付け、力任せに頬を殴りつけた。
空気を裂くような音が部屋に響く。
「威勢がいいな」
ひっぱたいた頬がわずかに赤くなっていた。けれど先ほど感じた顔色の悪さはすっかり良くなっており、荒かった息も落ち着いていた。
「唾液だけでここまで回復できるとはな……」
「なにを言って……」
怒りに震えるシアンの身体をいとも簡単に抱き上げた王子は、部屋でひときわ存在感を示していたベッドへシアンを連れていき、乱暴に落とした。
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