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第6話
「セシル、説明はしてあるのだろう?」
「いえ……何も話してはおりません」
「何も? なぜ、何も話してない?」
怪訝な様子でセシルを見る王子の目が一瞬、冷たく尖ったようにシアンは感じた。
「あの文献が本当かどうかわからないまま奴隷に現状を話すのはあまりにも無謀かと判断しました。真実とわかればその時に説明するつもりで……」
「勝手に判断をするな」
冷たく低い声がセシルの言葉を遮った。セシルは顔を青くして「申し訳ありません」と小さく返事をした。
「……なら俺は何も知らない者に無体なまねをしたということか」
「王子、それはっ……」
「黙れ」
キッとセシルを睨み付けるとセシルは肩を震え上がらせた。
王子はシアンに向き直り、その怒りの表情からは予想できないくらいの優しい手つきで頭を撫でた。
「端的に説明する」
「は……はい」
ソファーにシアンを座り直させると王子はまたその赤い髪を指でクルクルと巻き付かせて弄りだした。
「今更、敬語もいらないだろ? 堅苦しいのは抜きで話そう」
「は……はい、あ、いえ、う……うん?」
いきなりそう言われてもすぐには切り替えられない。たどたどしく返事をして上目遣いに王子を見れば可笑しそうに口角を上げていたので少しホッとする。
「俺もさっき朝食を摂ってきた。いつもはもう少し早く起きて身支度をするんだが今朝はゆっくり寝過ぎてしまって時間がなかったからおまえを置いていって悪かった」
「は……え……」
なんと言えばいいのか見当もつかない。
寝過ぎたのは昨夜の行為が朝方まで続き、疲れ果てて眠ったせいで王子が謝る必要はない気がする。最初は抵抗していたもののシアン自身も王子を受け入れ、香や香油の効果を差し引いても快楽を拾い溺れたのは事実で、そこに嫌悪感は不思議となかった。
最終的に合意のもとで身体を重ねたのだ。
それに王子なのだから何かと忙しいのだろう。置いていかれたとは思わなかった。侍女たちが甲斐甲斐しく世話をしてくれたし、朝食も用意してもらった。扱いになんの文句もなければ、身の丈に合わないほどよくしてもらっている。
ただなぜ、奴隷の自分がこのような扱いを受けられるのかがわからなくて、なにかとんでもない裏があるのではと不安なのだ。
「これは内々の話だが、一年ほど前、王と王妃が仲違いをしたことで王が政へのやる気をなくし退位すると言い出した」
「退位って……王様をやめるってこと?」
シアンの質問にコクリと頷き、王子は話を続ける。
「俺の食事には毎回、毒が仕込まれている」
「え……」
当たり前のようにサラリとそう言った王子はフッと自嘲するとテーブルの上のパンを手にした。
「これには入ってないから安心しろ。他の誰の食事にも入っていない。俺だけだ」
「な、なんで?」
「そりゃ、命を狙われてるからに決まってるだろ」
あまりにも軽く言うものだから冗談にしか聞こえなくて戸惑い、従者であるセシルをチラリと見た。セシルは厳しい表情でシアンを見返した。
「今の王位継承順は俺が一番目だ。要するに俺が死ねば次期国王の座が近付く奴らに毒殺されそうになってるってわけだ」
「えっ、ま……待って……混乱して……」
確かこの国の王位継承権は王の子供、その中でも男子のみだったはず。教養のないシアンでもそのくらいは知っている。
男子の中でも長男が第一王位継承権を持ち、以下、次男三男と続く。現国王も第一子だ。
ノア王子は第三王子だと言っていた。だから本来なら王位継承権は第三位になる。なのに一番目とはどういうことか。上の兄たちが亡くなったのであれば権利が一番目になるのはわかるが、そんなことがあれば国中が喪にふくすため奴隷のシアンの耳にも入る。
それに、そのことと自分がどう関係しているのか。
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