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第5話

   ***  喉がカラカラに渇いて目が覚めた。身体が重く、寝返りを打つのもつらい。  それでもなんとか寝返りをしてみると隣にはノア王子が眉間に皺を寄せたまま、まだ眠っていた。  夢ではなかった。この身体は今ここで眠っている王子によって陵辱されたのだ。それだけではない。香のせいか、あの液体のせいか、自分から求めるように腰を振ってしまった。  快楽にいとも簡単に流されてしまった。知らなかった。身体を繋げるという行為がこんなにも気持ちが良いだなんて。  物思いにふけっていると部屋の扉がコンコンと鳴った。その瞬間、熟睡していたはずの王子の目がパッと開き、シアンを見た。 「あ……おはよう、ございま……」 「ああ」  上体を起こして一言そう答えると、王子はシアンから視線を逸らした。  扉が開かれて部屋の中に従者のセシルと数名の侍女が入ってきた。 「おはようございます、王子」 「ああ」 「お体の調子はいかがですか?」  セシルのその問いには答えず、王子はベッドから抜け出す。シアンはまだ王子が一糸まとわぬ姿なのに気が付き慌てて視線を外した。  昨夜の王子の表情や息遣い、その腕の逞しさや熱を思い出して頬が赤くなる。  侍女たちは慣れた手付きで王子に服を着せ、手早く身支度を済ませる。 「シアン、おまえも身体を湯で流して身支度をしろ」 「は、はい」  王子はそのまま部屋を出て行き、シアンは侍女たちの目を気にしながら昨夜着ていた服を探した。侍女たちは落ちていた服を拾うと、それとは別の服を出しベッドに座ったままのシアンに着せはじめた。  人に服を着させてもらうのは慣れない。彼女たちの仕事だとわかってはいてもやはり恥ずかしい。  しかし嫌がっていたら彼女たちに迷惑をかけてしまうので恥ずかしがりながらも服を着て、昨夜使った湯殿まで連れていかれ、また丁寧に身体を洗われた。  昨夜の名残が身体のあちこちに赤い花のように残っているのを鏡の前に立ったときに初めて気がついた。侍女たちはその痕のことには何も言わずに自分たちの仕事をこなしていた。恥ずかしいのは自分だけなのだと思うと身分の高い人間の周りは自分とは全く感覚が違うのだと知った。  色鮮やかな服を着せられ髪を結われたあとまた元の部屋に戻ると、待っていたセシルに柔らかなソファーに座るように促された。  すぐに侍女たちがセシルとシアンの間に置かれたテーブルに朝食を持ってきた。  並べられた食器は二人分。どうやらセシルと二人で食べるらしい。  食べたことのない色とりどりの野菜や果物、パンやスープ。とても二人だけでは食べきれない量だ。 「あの……」 「なんでしょう」  パンを一つ手にしたセシルに怖々と訊ねる。 「こんなに食べられません」  奴隷がこんな量の食事をもらえることは死んでもないことだ。それを朝の一食で摂ろうとしているのだ。 「残しても構いません。食事の作法は?」 「……知りません」  知るわけがない。誰がそんなことを教えてくれるというのか。  セシルはシアンが奴隷だと知っていて、わざとそんなことを訊いてきたのだ。  初対面の時からセシルには好かれていないとは感じていたが、この意地悪な問いで嫌われているとはっきりした。 「自由に食べなさい。作法はおいおい教えましょう。ああ、他にもいろいろと教えることが……。貴方に今、必要なのは教養ですね」  淡々と食べながら話すセシルはこちらを一切見ようとしない。空気が重い。昨夜の行為のせいで身体中が軋んでいて食も進まない。  それでももったいなくてなんとかスープを胃に流し込み、パンを囓る。こんなに美味しい食事は初めてだ。いつもは硬いパン一つと蒸しただけの芋だったり、冷めたスープの残りだったりで美味しいとはほど遠いものばかりだ。  これが王族の食事。選ばれた者たちの。 「セシル」  扉が開かれ慌ただしく王子が部屋に入ってくる。  起きた時は良かった顔色が今は酷く悪い。一体この少しの時間で王子になにがあったのか。  王子はシアンの隣に腰掛け、そのまま強引にシアンを引き寄せ唇を奪った。 「んっ……」  いきなりなんだというのだ。いくら従者といえど、他人にこんな場面を見られたくない。  唇をギュッと引き結んで抵抗するが、王子の手がシアンの顎を掴んで無理やりこじ開ける。そのまま王子の舌が口の中に入ってきて唾液を吸い上げる。  全身が昨夜の行為を鮮明に思い出して甘く痺れる。  歯列をなぞり、上顎を舌先で刺激して強く吸って貪る。  シアンの口の中を全て喰らいつくしそうな深い口付けは、ただ乱暴なだけではなく時折、シアンを気遣っているようにも感じた。  持っていたパンが手からポトリと落ちていく。  ようやく唇が離れると王子の顔色は先ほどより良くなっていた。  頭の中が蕩けた状態でぼんやりと王子を見つめる。 「セシル、そんな目で見るな。間違いなくシアンは薬だ」 「そうみたいですね……」 「なにがそんなに気に入らない? おまえが見つけてきた文献の通りだっただろう? これで俺の身は安全だ」 「そうですが……彼は奴隷です」  なんの話をしているのか理解できないが、セシルがなぜ、自分を嫌っているのかはわかった。奴隷の分際で王子の手付きになったのが気にくわないのだ。  王子はソファーに背をもたれさせ、優雅に足を組んだ。 「奴隷も人間だろう。俺は奴隷制度はもう古いと思っている」 「王子……」  意外だった。  王子ともあろう身分の人間が、奴隷を侮蔑せず制度すら否定するとは。  王子は奴隷を見下して、いたずらに陵辱したのではなかったのか。 「あのっ……」  下に落ちたパンを拾いながらシアンは思い切って声を上げた。 「なんだ?」  王子がシアンの髪を一房手に取ってクルクルと指に巻き付けて遊ぶ。その指からは愛情にも似た体温が伝わる。 「オレっ……全然、意味わかんないんですけど!!」  王子はシアンの顔を見てキョトンとしていた。なにを言っているのだ、こいつは、と言わんばかりに。

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