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第8話
燃えるような――炎のような、赤。
見る者が見れば不吉だと思うだろう。
この赤い髪が珍しいから呼ばれたということなのだろうか。それでもわざわざ従者が迎えに来るほどとは到底思えないが。
「セシルが王宮に山ほどある書物を隅から隅まで調べてようやく見つけた古い文献に書かれていた。かつてこの国を建国した初代ユノヘス国王は敵が多く常に命を狙われていた。ちょうど、今の俺のように」
「それがなにか関係あるの?」
「まあ、聞け。――しかし、王はどんな襲撃にあっても生き延びた。剣の腕が抜群で策略を巡らすことにも長けていた。そしてどんな猛毒を盛られても平然としていた。その王の隣にはいつも赤い髪の女がいた。王の妻だ」
「……赤い……髪……」
小さな田舎町しか知らないシアンだが、同じような髪の色の人間は見たことがない。
この国の王や騎士を主人公にした英雄譚は数多くあり、奴隷の身分でも知っている話はいくつかある。しかし、初代国王の妻の話は聞いたことはなかった。
「初代国王の時代、この国には赤い髪の一族がいた。その一族は不思議な体質をしていた。どんな強い毒も無効化する力を持っていたのだ」
「毒を……?」
そんな一族がいたことをきっと民衆の誰も知らない。初代国王の妻が赤い髪だったことも。
その一族が本当にいたなら、もしかしたら遠い先祖なのかもとシアンは少しだけ胸を高鳴らせた。
身内など一人もいないシアンには、そんな古いおとぎ話のようなことでも嬉しく感じてしまう。
「ここまで話してもわからないか?」
「えっ、えっと……ご先祖さまだったらうれしいなーってくらいしか……」
素直な感想を述べると王子もセシルも深いため息をついて呆れた顔でシアンを眺めた。
「なっ……なんでそんな目で見るんだよっ! いいじゃん、別に! オレ、血の繋がった家族とかいないんだからちょっとくらい夢見たって!」
初代国王の妻が先祖だなんて本気で思ってはいないけれど、少しくらい血の繋がったなにかがあるかもと想像するくらいは自由にさせてほしい。もし本当に先祖だったなら子孫が奴隷だなんてあり得ないのだから、ただのおとぎ話だというくらいちゃんとわかっている。
「あ、でもだったら王族にも赤い髪の一族の血が混ざってるってこと?」
「いや、その初代国王の妻は建国してすぐに亡くなったと文献には記されている。二人の間には子供もいなかった。初代国王は妻の死後、しばらくして再婚し子を残した。それが今のこの王族だ。赤い髪の一族がどうなったかは文献には記されていないからわからない」「そっか……」
せっかく同じ血族かもしれないと期待した先祖は子供を産むことなく死んでしまっていた。他の一族もどうなったかわからないということは、散り散りになった一族の誰かが自分の先祖の可能性がある。
それを確かめる術は何もないけれど、ただの奴隷でしかなかったシアンにはそれだけでも自分の存在に小さな光を見出すことができた。
「あ、で、結局オレはなにをしたらいいんだ?」
王子とセシルはまたため息をついた。セシルにいたってはとうとう頭まで抱えてしまった。
「おまえは俺がなんの考えもなく手付きにしたと思っているのか?」
「え、違うの? その文献とやらの一族と同じ髪が珍しくて手込めにされたのかと……」
この王子は初代国王に憧れを抱いていて、その妻と同じ赤い髪の人間を横に置いてまねしたかったんだな、と王子の話を聞いて結論づけていたシアンはそれが違うとわかりいよいよ自分がここに呼ばれた理由がわからなくなって首を傾げた。
「自分をそんなに卑下するな。俺には奴隷も赤い髪も同じ国の民だ」
自分の存在をまるごと肯定されたみたいでシアンは目を大きく見開いた。
今までこんなふうに言ってくれる人はいなかった。奴隷はどれだけ必死に働いても一生奴隷。何も生み出さないし、何も残せない。
存在自体、人間とはみなされていない。
それでもなんとか生きてきた。奴隷なりに意地があったし、最初から全てを諦めたくなかった。
真面目に頑張っていれば、どんな酷い目にあってもいつか報われるのではないかと心の隅でずっと思っていた。
王子に陵辱されても、途中から自分の意思で足を開いて受け入れても、人前で貪るような口付けをされても。
だけど、ほんの少しだけ心が折れる時がある。この心が何も感じないくらい傷付いて粉々になったらどれだけ楽だろうかと。
「じゃあ、なんで……?」
だから少しだけ、淡い期待をしてしまった。
もしかしたら自分はこの王子になんの見返りもなく求められたのではないかと。
そんなわけないのに。「俺を助けるため」に呼んだと言っていたのに。
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