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第9話

「説明した通り、赤い髪の一族には毒を無効化する力があった。もしその一族がまだ生きているのならその力も引き継いでいるのではないかと、セシルは文献を読んでそう推測した。俺の身体も限界が来ている。藁をも掴む思いで赤い髪の一族の生き残りがいないか、誰にもバレないように捜してようやくおまえを見つけたんだ」  綺麗な赤だと彼は言った。昨夜、ベッドの上で。  それだけでシアンの心は絆されていた。目立って仕方ない、お荷物なこの赤い髪を褒めてくれた唯一の人だから。 「赤い髪の一族の体液だ」 「たい……えき?」 「唾液、汗、涙……精液。おまえから出る全ての液体が毒を中和させる」  そこまで説明されてようやくシアンはこの城に連れてこられた理由を理解した。 (そりゃそうか……)  これで納得した。  そんな利用方法がなければ奴隷を相手になんてしない。 (おかしいと思ったんだ)  奴隷も赤い髪も同じ国の民だと言っているけれどしょせん、王族にはわからない。奴隷として生きている者たちの苦しみなんか。 「……オレは、王子が食事をするたびにその体液とやらで、毒を中和すればいいの?」 「ああ」  体液を摂取するのに一番簡単な方法が口付け。だから王子は事情を知るセシルの前でも平気でシアンに口付けをしたのだ。  そこに愛情なんてものはない。それはただの治療だった。 「口付けはわかるけど……なんでオレを抱いたんだ……? それって必要なのか?」  唾液だけでは足りないから精液を、というのなら身体まで繋げる必要はない。口付けだって他にもやり方があるのではないか。 「必要があるから抱いた」 「……そっか……」  そう言われてしまうと何とも言えない。  そこにシアンの同意はいらない。シアンが嫌だと言っても王子はシアンを使って毒を中和する。そしてそのためならば奴隷だろうと赤い髪であろうと抱くのだ。  ――王子が、シアンのことを何とも思っていなくても。  それなら、髪の色を褒めたりしないでほしかった。  優しい手つきで触れてほしくなかった。  香や香油など使わずに無理やり抱いて、痛めつけてくれた方がマシだった。  少しでもそこに優しさや甘さを感じて淡い期待を抱いてしまったから、そんな丁寧な扱いに慣れていないシアンはたった一晩の睦言で王子に心を許してしまった。  誰にも入らせたことのない奥まで王子の侵入を許して、人の肌の温もりを知ってしまった。 「協力する代わりに、条件がある」 「なんだ、言ってみろ」  セシルが眉間に皺を寄せて明らかに嫌な顔をしたけれど、シアンは構わずに続けた。 「王様になったら、奴隷の待遇をよくしてほしい」 「もちろんそのつもりだ。奴隷制度自体、なくすつもりでいる」 「必ず、約束してほしい。それが条件」  すぐに奴隷の待遇が良くなるなんて楽観視はしていない。けれどいつかこの国から奴隷がいなくなって、みんなが平等に暮らせるなら。 「いいだろう。そのあかつきにはおまえにもそれなりの身分と財を与えよう」  そんなもののために協力するわけではないが、それは王子には黙っておこう。きっと、伝えたところで王子を困らせるだけだ。  この心が王子に惹かれて後戻りできないことなど。 「オレは別に何もいらない。でも、もう王族同士が殺し合いするような国にはしないで。家族なんだから仲良くしてほしい……」  シアンが持ち合わせていない血の繋がりのある親類同士が諍いあい、殺しあうのは見たくない。  それがこの国を統治する王族ならばなおさら、仲良くあってほしい。  王子のこれからの未来が光に溢れた世界であってほしいのだ。 「わかった。善処しよう」 「うん……お願い」  王族同士が仲良く暮らして継承者争いがなくなれば、毒を盛られることもなくなる。  そうなったら毒を中和することも必要なくなり、赤い髪の一族の中和の力もいらなくなり、自分も必要なくなって王子から離される。  口付けも、抱かれることも、触れられることもなくなる。  その時、頼りになる家族がそばにいれば王子もきっと心強いはずだ。  だから今は、王子のそばにいよう。  王子にも誰にも知られないように、この心の奥に住み着いた小さな温もりはそっと隠したまま。

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