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第12話
「……ずっと怖かった。いつまで毒に耐えられるか。この身体はどのくらい毒に蝕まれてしまったのか。毎日、気が気ではなかった。毒と解毒薬の副作用で体調も悪い。でもそれを表に見せるわけにはいかない。俺は強くなければ」
胸の上で王子が小さく震えているのを感じた。
本当の王子はそんなに強くない。ノアという存在はつい最近までただの第三王子でしかなかった。王位に興味もなく、兄が即位したのちは新王の支えになれたらと考えていた。
「精神的にも追い詰められていたから、誰かを抱いて気を紛らわすなんて考えもしなかった。このままでは俺も近いうちに毒にやられて二番目の兄のようになると……」
王子の中にあった不安が自分にも流れ込んでくるみたいで、シアンは王子をギュッと抱き締めた。
自分よりも体格のいい王子の背中に回した腕は細すぎて、こんな腕では彼を守れないと口惜しくなる。
「でも、おまえが見つかった。いるかいないかもわからない存在の赤い髪の一族。文献に書かれていたより綺麗な赤い色」
胸から顔を離して、王子はシアンの髪にまた触れた。
髪が綺麗だと言われると胸がときめく。ドキドキと高鳴る。
王子にそう言われることが何より嬉しいのだ。
たとえそこに深い意味はなくても。
「シアン、おまえに毒を中和する力があるかどうかをまだ試す前……この部屋で初めて会ってその髪を見て確信した。おまえなら大丈夫だと」
「大丈夫って、なにが……?」
「おまえに中和する力がなくても、俺はあの日、おまえを抱いていた。おまえがどんなに嫌がってもだ」
赤い髪に口付けが落とされる。
王子はこの髪が好きなのだろう。この赤い色が。
では、その髪の持ち主のことはどう思っているのだろう。
「毒から楽になりたいと思っていた。けれどそんなことよりもおまえを抱きたいと思った。それが、おまえを抱く理由だ」
「それって……」
シアンの声は王子の唇によって塞がれ、それ以上なにも話せなくなった。
いつもよりずっと甘い、蕩けるような口付けをされてシアンはすぐに何も考えられなくなってしまったからだ。
香を焚いたわけでもないのに、その口付けは今までのどの口付けよりも甘く痺れ、舌を絡ませながらまさぐられる肌は粟立ち、香油を垂らされた身体は熱く火照る。
「シアン、名前を呼んでくれないか……」
王子のささやかな願いに腰を揺さぶられながら喘ぐシアンは必死にそれを叶えようと息を吸った。
「ノ……ア……」
「もう一度……」
「んっ……あっ……ノアっ……ノア……」
「シアンっ……」
その日の営みはどこか哀しく、どこか切なかった。
そんな弱い部分を見せてくれた王子が愛おしくて、シアンは何度も王子の名前を呼んだ。
彼が少しでもその哀しみや切なさを癒やせるように。
毒以外のものも中和できればいいのにと祈りを捧げながら、名前を呼び続けた――。
***
「いいですか。くれぐれも粗相のないように、教えた通りにやれば上手くいきますからね」
翌朝、早くからセシルが侍女を数人連れてやってきて今までの復習だと言ってテーブルマナーを再度たたきこんだ。
その横で侍女たちがシアンにさまざまな色の衣装をあてては、ああでもないこうでもないと相談しあっている。
王族へのお披露目は昼食時にすることになった。
昨晩の王子との行為の余韻に浸る隙もないまま、起こされ湯殿に連れていかれ隅々まで洗われた。他人に身体を洗われるのはすっかり慣れてしまっていたが、行為の最中につけられたであろう口付けの跡が身体に残っているを見られるのはいたたまれない。
昨晩の王子はまるで幼い子供のようだった。
行為が終わったあとも処理もせずにシアンに抱きついて眠ってしまった王子の寝息を聞きながら、頭を撫で続けているうちにシアンも眠ってしまった。
王子は起きた時にはもうベッドにはいなかった。朝いないことはたまにあったが、今朝はとても寂しく感じた。
「王族の方々は気難しいですから、なにを言われても黙っていなさい。王子が答えるまで何も言わないこと」
「挨拶もなし?」
セシルは最初の頃はいつも眉間に皺を寄せて、ため息ばかりついていたが最近はなにかを諦めたのか眉間の皺はなくなった。
自分で見つけ出した文献にあった王子を助ける赤い髪の一族の末裔が、まさか奴隷だとは思わなかったのだろう。
王子が足繁く通うとは予想していなかった、と思わず愚痴をこぼしていたのを聞いたことがある。
セシルからしてみれば大切な王子の命が狙われている上に、男に惚れ込んでいるなどと噂されれば従者として面目もたたないのだ。
「王子が代わりに貴方を紹介します。それにあわせて丁寧に頭を下げれば問題ありません。とにかく、必要以上の会話はしないように。いいですね?」
「……わかりました」
その方が自分も粗が出なくて助かる。付け焼き刃のマナーだけではたくさんの王族の前で通じない。奴隷だと知られれば王子の立場も悪くなる。それだけは避けたい。
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