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第14話

「準備はできたか?」  着替えを終えて、綺麗に髪を結い、セシルと侍女たちが部屋から退室したあと、部屋の窓際に座ってぼんやりと外を見ていたシアンのもとに王子がやってきた。  立ち上がったシアンの頭から足の先までじっくり見た王子はフッと笑って見せた。 「上出来だ」  スッと伸ばされた手の意味がわからず王子を見ると、少し顔が赤い気がした。 「王子、顔色、赤いけど……調子悪い?」 「おまえは鈍感すぎる」  深いため息をついて王子がシアンの手を取った。  ベッドの上以外で手を繋ぐことなんてなかったから、驚いて目を大きく開いた。 「エスコートするから手を離すな」 「は、はい……」  恥ずかしくて、くすぐったい気持ちになる。  手に変な汗をかいてしまって、王子に気持ち悪がられていないかと不安になり横に並んで歩き出した王子をチラリと見上げる。  横から見ても端正な顔立ちをしている。金色の髪がふわりと靡くのがとても綺麗だ。  その紺碧の瞳はまっすぐ前を見据えている。 (なにを見ているのだろう)  シアンには王子が見ている世界を見ることも感じることもできない。彼には大きな使命があって、それを全うしなければならない。  必要とされる限り、彼の力になりたい。毒を中和することしかできないけれど。  侍女たちが選んだ明媚な髪飾りが歩くたびに揺れる。  裾の長い衣装を踏まないように王子に手を引かれてゆっくりと歩く。  長い廊下の途中でセシルが待っていた。王子に恭しく頭を下げると、王子の前に立って歩く。  仰々しくて息が苦しくなる。 「いつもこんなふうなの?」 「なにが?」 「なんだか行進みたい」  前にはセシル、後ろには侍女たちに挟まれて歩く。食事に行くだけで大仕事だ。  クッとおかしそうに吹き出す王子に、なにかおかしなことを言ったかと首を傾げる。 「一応、王子様なんでね」  あ、そうか、と言われて納得する。王子なのだから護衛や従者がたくさん付くのは当たり前なのに、頭からすっぽりとそんなことは抜けてしまっていた。  王子だということも、いつか国王になるということもわかっているのに、シアンのそばにいる時の王子はいつも無防備だ。  それはいつでも毒を治療できる人間が一緒にいるからなのか。  単純に王子の周りの従者たちに信頼を抱いているからなのか。  ここに来てすぐの時はピリピリしていた空気も今ではあまり感じなくなっていた。  セシルは小言は多いがシアンが疑問に思ったことを訊くときちんと答えてくれるし、世話をしてくれる侍女たちはいつも優しい。食事後の王子は辛そうだけど、治療し終えると気分が良いのかシアンのくだらない話にも笑顔を見せてくれるようになった。  少しずつこの生活が楽しくなってきている。  毒を盛られるという問題さえなければ、きっと王子はもっといろいろな顔を見せてくれるのではないか。それが叶う時に必要とされていれば、だけれど。 「着きましたよ」  細かい装飾がなされた扉の前でセシルが立ち止まった。  一瞬、ピンと緊張の糸が張る。  繋いでいた手に力を込めた。 「大丈夫、いつも通りでいろ」 「いつも通り……うん」  いつも通りってなんだったっけ、と既に混乱しはじめているけれどなにがあっても王子がフォローしてくれると信じている。フォローされないように上手く食事を終わらせたいけれど。  扉が開かれる。瞬間、飛んでくる痛いほどの視線の数々。好意的な視線は一つも感じられない。  それは王子に向けてもそうだった。  王子とシアンに交互に視線を投げては、皮肉めいた笑みを浮かべる王族たちの面々。  二十人ほどいる王族たちは既に自分たちの席に腰を掛けている。  中へ進むと後方で扉が閉まる音がした。  長方形のテーブルには湯気のたった料理が所狭しと並べられているのに、空気は酷くひんやりとしていて鳥肌が立った。  たくさんの視線を浴びながら王子に促されて部屋の一番奥、上座の席に並べられた二つの肘掛け椅子のうちの一つに座らされる。王子もすぐにその隣に座り、給仕がグラスに飲み物を注ぎにやってきた。  王族たちの視線も痛くて気になったけれど、それよりも目の前に並んだ食器と数々の料理に目がいった。  セシルに学んだ通りにやれば間違いはない。わからなくなったら王子のまねをしておけばなんとかなる。 (焦るな。焦るな)  何度も唱えて、息を吐く。  隣に座る王子を見ると怖いくらいに無表情で、寒い部屋が余計冷えたように感じた。  王子の前に並ぶ料理は、他の王族たちと同じものであって同じではない。この中にはもう毒が仕込まれているのだろう。  誰かがそれぞれの目を盗み、毒を入れて素知らぬ顔をしている。  ここは小さな戦場だ。一人対その他全員の。  こんなところに一人で毎食、毒が入っているとわかっているのに――。  テーブルの下で見えないように拳を作った。  親のいないシアンにとって家族や親類というものは温かくて優しい存在だと思っていた。いつも笑いあいながら食卓を囲むものだと。  少なくとも第二王子が毒で倒れる前まではでそうであったのだと苦しい心のよすがにする。 「さぁ、みんな揃ったみたいですね、食事にしましょう」  立ち上がった中年の男性がグラスを片手に言うと、シアンに向けられていた視線は料理へと移った。

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