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第16話

 全員が戦々恐々とする中、一人涼しげな顔でその場を観察していた男性を王子は「叔父上」と呼んだ。  叔父ということはこの人がハリス公か、と顔をじっくりと確認する。現国王の弟。確かに少し王子と似ている顔付きだ。  セシルが信頼を置く相手。それだけではなく、王族の誰もが彼の一言で騒ぐのをやめた。  この中で一番、発言力を持ち合わせているのが彼なのだろう。  温厚で賢い人。セシルの言う通りなら彼はこの場をどう収めるつもりだろうか。 「ノア王子はまだ若い。恋愛に溺れるのも若さゆえ。手練れの男娼に骨抜きにされるのも致し方のないことです」  シアンは我が耳を疑った。 (どこが温厚だって?)  思い切り王子とシアンを卑下した台詞に怒鳴りつけて否定したい衝動をグッと抑えた。  ここで感情任せになにかを言えば余計、王子の立場を悪くする。 「熱病のようなものです。少し時間が経てば熱も冷めて落ち着くでしょう。皆さんの心痛、よくわかりますがここは若い王子の後学のためにも見守ってあげようではありませんか」  自分だけが馬鹿にされるなら耐えられる。しょせん、奴隷育ちだ。今までだって侮蔑の目で見られてきたから慣れている。  けれど、王子が馬鹿にされるのは我慢できない。それも自分をそばに置いたせいで、馬鹿にされるなんて。  しかし今ここでできることは何もない。悔しくて唇を噛みしめていると王子の額から一筋、汗が流れた。  ハッとして王族たちを見ると王子の流した汗には気が付かず、シアンを横目で見ながらひそひそとあざ笑っている。  笑われるくらい平気だ。男娼と言われても痛くもかゆくもない。  今はそんなことより、確実に毒を含んで冷や汗を流す王子の治療をしなければ。  このままではこの場で倒れてしまう。いつもより顔色も悪い。震えもだんだん、強くなってきている。  今までずっと食事の場で弱ったところを見せずにいた王子を、自分が隣にいる今日この時に見せるわけにはいかない。  これは自分に与えられた試練であり、使命だ。  そう思うと身体が勝手に動いた。 「王子、わたしは王子に食べさせてほしいのですが、ダメですか?」  猫なで声で周りなど気にせず王子の腕にそっと手を置いて上目遣いで見つめる。  男娼だと言うのならそれを演じて見せよう。  甘えてしな垂れる、誰をも虜にする赤い髪の男娼に。 「ああ、構わない」  王子は自分用に並べられた器から煮込み料理に入っていた鶏肉をフォークに刺してシアンの口元に運んだ。  シアンはそれを一口で食べて、すぐに飲み込んだ。毒の味はしないけれどシアンに出された同じ煮込み料理とは明らかに味が違った。毒を入れたせいで味が変わったのだ。  自分に毒を中和する力があるなら、どんな毒を口に入れても中和できるはず。ならば飲み込んだ方が早く中和できる。  突然、目の前で食べさせあいをし出した二人をけしからんという目で見る王族たち。その中の何人が焦っているだろう。王子に食べさせるはずの料理をシアンが口にしたのだから。

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