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第17話

 これでもし、シアンが体調不良を訴え心配した王子が医師に診せ毒だとわかれば王子の食事に毒が混入されていたことが表沙汰になってしまう。毒味係が何人も犠牲になったことも王族たちは我関せずで通した連中だ。犯人を挙げても黒幕の名前を絶対に出さなかった。それだけ統率がとれているのか、それとも弱みを身握られているのか。  いずれにせよ今まで王子だけだったからこそ大事にならなかったものが、王子が選んだ妻候補まで巻き込めばどうなるか。王子は毒が入っていることをわかっているはずなのに、どうして妻候補に食べさせたのかと心中穏やかではないだろう。  その焦りで誰かが口を滑らせればと並ぶ王族たちの顔を見渡す。 「王子、次は口移しでお願いします」  ニコリと微笑み、席を立つとシアンは王子の膝の上に座って首に腕を巻き付けた。 「王子に無礼だぞ!!」  野太い男の大声にそちらを見て、シアンは強気に笑んだ。 「無礼とは、なんのことでしょう? わたしは世間知らずですのでなにが無礼なのかわかりません。教えていただけませんか?」  言いながらフォークで鶏肉を刺し、王子の口元に運ぶ。  王子がそれを口に含んで、少し噛んでからシアンに口移しする。  素早く飲み込むと、まだ口の中に鶏肉があるように見せかけながら深く口付けて唾液を王子に吸わせる。  端から見れば恋人同士が口付けをしているだけに見えるその行為。 「王子、戯れもほどほどにされてはいかがですか」  ハリス公が静かに、しかし低く怒気を込めながら言った。 「無礼ですよ、王子は今、わたしと食事中。それにただの熱病ではありませんか。見守ってやるのが御尊老の役目では?」  セシルから教わった難しい言い回しをここぞとばかりに使う。こんな言葉いつ使うんだと思っていたが、案外早くその機会がやってきて苦い気持ちになる。  けれど、王子を守るためなら何も怖くなかった。  毒からしか守れないけれど、ここで今すぐ治療のための口付けができるのならセシルが信頼を置くハリス公でも関係ない。  王子の命を守るためにここに来て、心にそっと温もりを住まわせたのだ。今ここで何もできなければいる意味がない。  口付けを再開して、王子の震えが止まるまでそれを続けた。誰がなんと言おうと、呆れた表情をしようとどうでも良かった。  王族全員を敵にしても怖くない。  怖いのは王子が毒で死んでしまうことだ――。 「このままその男娼に好き勝手させるのであれば、王位継承について考え直さなければなりませんな」  馬鹿馬鹿しいと次々に席を立って部屋をあとにしようとする王族たちにわざと聞こえるようにハリス公は声を張った。  全員がピタリと足を止め、王子とハリス公を見やる。  治療が終わって顔色の戻った王子がシアンを膝に乗せたまま真面目な顔をして、王族たち全員を見回し、最後にハリス公を見据えた。 「叔父上、私を王位継承候補から外すと言うのですか?」 「外すなど、私の権限ではできかねます。しかし、皆が王子に不満を抱けばそうなってもおかしくはありませんよ。どうか王位継承者として賢明であられるように」 「賢明、とは? 人を恋い慕うことは賢明ではないと?」 「そうではありません。そのような身分の卑しい者を娶るような愚行はなされますなと言いたいのです」  しんとした空気に二人の声だけが響く。  張り詰めて今にもはち切れそうな糸の上を歩いている気分で王子の膝の上で卑しい男娼の真似事をし続けるシアンは、平気な顔で王子にしなだれかかる。 「しかもその者は男。どうやっても子は成せないのです。誰が認めるというのですか。王家の血を絶やすおつもりか。それならばどうか継承の権利を放棄なさってからにして頂きたい」  空気がさらに張り詰める。王位の継承の権利、その言葉が出るたびに。 「さて……私が継承権を放棄したとして誰が次期国王になると? まだ幼い弟二人ですか? それはさすがに無理でしょう、なんせまだ一歳の子と乳飲み子。だとするとその次の候補は……」  一体何人、国王には子供がいるんだと呆れてしまったが、いつ誰が暗殺されたり病気で伏せるかわからない。子供は多い方が国王としては安心なのかもしれない。 「ああ、叔父上になりますね」  含み笑いでハリス公を見た王子に、ニヤリと口角を上げて答えないハリス公。 「ですが、私は放棄などしませんよ。どんな妨害があろうと必ず次の王になってみせます」  言い切ったところで王子はシアンを抱き上げて席を立った。突然、立ち上がるので落ちそうになりながらもなんとか平然な顔を崩さずに王子にしがみつく。 「そろそろ失礼します。シアンがもう飽きたようなので」  踵を返して早足でその場を去る王子。その肩越しからシアンはハリス公と目が合った。  ハリス公は怪しげな笑みを浮かべたままシアンを見ていた。すぐに視線を逸らしたシアンとは対照的に、部屋を出るまでの間いつまでもハリス公の視線はシアンを追っていた。

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