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第19話
シアンが食事の席に出るようになって、同席する人数が少しずつ減っていった。
参加は強制ではないので、たまたま来られないのかと思っていたがそのまま人数は減っていき、五日目の昼食時にはハリス公の他に席に着いたのは四人になっていた。
そしてそれに合わせるように王子の食事に盛られる毒の量も減っていた。
初めて同席した時のように口移しだと言って治療をすることもなく、王子の体調もすこぶる良さそうだった。
今、顔を出していない王族はほとんどが黒幕に唆されていたのだと王子は言った。
そして王子とハリス公の次期王位継承者についてのやり取りを聞いて、身の危険を感じたのだと。
シアンが毒を口にしたことで大事になるかもと恐れたのと、王子が「必ず、王になる」と発言したことからこれ以上の妨害は危険だと察したのだ。
毒が盛られなくなればシアンの役目はなくなる。
今はまだ敵も様子見をしている状態だが、この先どうなるかはわからない。すぐにお役御免と言われて奴隷に戻ることはなさそうだが、時間の問題だろう。
(そうなったらちゃんと割り切れるかな……)
毒の治療のための口付けも軽いものになってきた。食事に毒が入っていないこともあった。
それでも王子は用心のためか必ず毎食後に唇を深く重ねてきたし、夜はこの部屋に来て眠る。
身体も毎晩ではないが繋げている。
抱きたいと思ったから抱いたと告げた王子を拒むことはシアンにはできなかった。治療以外で王子のそばにいられる唯一の時間だから。
あとどのくらい、この肌に触れてもらえるのか。赤い髪を梳いてくれるのか。
娶るなど、王族たちに男狂いになったと見せかけるための嘘なのだろう。その説明をシアンにするのを王子はうっかり忘れているのだ。
どうやったって男の自分を次期国王が娶れるわけはないし、王子には世継ぎを作るという使命もある。
この一時の王子との関係を今のうちにしっかり記憶しておかなければ。
そのうちきちんとした身分の女性を王妃として迎えるのだから、これ以上深く求めないように。
いつでもパッと消えてしまえるように心の準備をしておかなければ――。
「シアン、お客様ですよ」
窓際に座って外をいつものようにぼんやりと見ていたシアンに、部屋の掃除をしていたセシルが声をかけた。
掃除くらい自分でできると言っているのにセシルには掃除への並々ならぬこだわりがあるらしく、手伝いすら許されない。
勉強と食事の時間以外は部屋から出ることもなく毎日、窓際に座って外を眺める。
お披露目をしたから外に出ても構わないと王子に言われ、一度セシルとともに外に散歩に出てみたが王宮で働く者たちにもいろいろな噂が流れているらしく好奇の目で見られ、早々に部屋に戻った。
自由がないのは奴隷の頃から慣れている。むしろ奴隷の頃より待遇がいいから不自由とは感じない。部屋にいればいつでも王子を迎えられるし、治療もできる。今のシアンにはそちらの方が大切なのだ。
「誰?」
「ハリス公です」
「え……?」
部屋の扉を見るとハリス公がにこやかに立っていた。セシルはなぜかわくわくしている。
「シアン殿、今日は良い天気ですよ。庭園を見に行ったことはありますか? 私が作っている薬草園を見に行きませんか」
なぜこの人に誘われるのかわからない。食事のたびに顔を合わせているけれど、いつも不敵な笑みをこちらに見せるだけで何も言ってこない。
話すことと言えば他愛もない談笑だ。
「あの、でも……」
一人でハリス公に着いていくのは危険な気がする。この人の目はほの暗くて苦手だ。
「セシルも一緒なら……」
「とんでもありません! どうぞお二人で」
変なところで気を遣うセシルにシアンは気付かれないようにため息をついた。
行きたくない、とは言いづらい雰囲気だ。断ればセシルの機嫌を損ねそうだし、ハリス公の本性を探るにはいい機会かもしれない。
「わかりました……」
いそいそと外に出る準備をしてくれたセシルに何も言えず、髪が目立たないようにとフードを被らされる。
ハリス公と一緒にいるだけで人の目を引く。それがノア王子のお気に入りの男娼とわかれば、また余計な噂が立つ。
王宮には女性がたくさん働いているから、噂話の宝庫だ。シアンがここに来て耳にした噂はどれもこれも眉唾ものばかり。
例えば、王の第四子と第五子は王の子ではないだとか、第一王子には隠し子がいるだとか、第二王子は一度暗殺されそうになったとか。
王宮で働く者たちは王宮の外に出ることは自由だがなかなか時間がない。それ故のストレス発散方法なのだ。王族たちも噂だけなら大目にみているみたいだ。その王族も噂話が好きだから同じ穴の狢ではあるが。
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