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第23話

「なんでそんな面倒くさいことを……。自分が王になればそれで十分じゃないのか?」  何年もかけて、こんなやり方で自分の子供を王につかせるより、ハリス公ならもっと上手く周りを動かして玉座を手に入れることができたはずだ。 「側室の子供がどんな仕打ちを受けて育ったか……君にはわからないだろう」 「……酷い目にあっていたってのは聞いた。でも努力して今の地位にいるって」 「努力だけじゃどうにもならないこともあった。兄は私を嫌っているからね。側室の子供なんて汚らわしいと面と向かって言われた私の気持ちは私にしかわからない」 「……確かに、オレにはあんたの苦労はわからないよ……でもわかることもある。オレはここに来る前まで奴隷だったから……」  セシルが見つけなかったら今もまだ奴隷として生きていた。綺麗な服を着て、髪を結ってもらうことなんてなかった。  王子を恋い慕うことすら――。 「……そうか、君は奴隷だったか。男娼にしては色気がないと思っていたが、奴隷なら納得だ。だったら君にもわかるだろう。同じ人間なのに人間扱いされない非道さが」  同情の目で見られて哀しくなった。  同じ苦労してきた人間だと言っても、ハリス公は衣食住に困ったことはないだろう。虐げられたといっても奴隷ほどではない。 「色気なくて悪かったな」  精一杯、色気を振りまいていたつもりだったが全くハリス公には通用していなかった。それが悔しく、少し恥ずかしい。必死に演じていたのに。 「側室の子が王になる。それが私の兄への復讐であり、野望だ。――だから、ノア王子が王になっては困るのだ。私の子がもう少し大きくなるまでは兄が王でいてくれなければ。そして王が退位した時に真実を兄に暴露する。さぞ絶望するだろう……それが私の望み」  その前に正妃の子供たち三人を排除する。一人目はもともと身体が弱く、何もする必要はなかった。問題は第二王子と第三王子。 「私が首謀者だと知られないようにするのは簡単だ。王族たちは自分の利益しか考えてない。この王宮でどれだけ贅沢に生きていくかばかり。だからこう言った。あの兄弟は仲が良い。その中の誰かが次期国王にでもなれば今の王室の体制を変えて王族を王宮から追い出すつもりだと。贅沢に慣れた王族たちは慌ててどうにかしようとする。そこでそっと囁く」  ――少しずつ食事に毒を盛ればいい。 「命を王族に狙われていると知れば継承権を放棄するだろう。敵は王族のほぼ全員だ、どうにもできない。そう助言しただけ。あとは各々が毒を用意して食事に入れただけ。第二王子はこれで上手くいったのに、おまえがいるせいで王族たちは尻込みしてしまった。本当に邪魔な存在だ」  なんて歪んだ感情なのだろう。冷たくてずる賢い、自分の復讐のためなら誰でも利用する怖い人。  そんなに兄である王が憎いのか。半分は血が繋がっているというのに。  幼い頃から虐げられて育つとこんなにも性格が歪んでしまうものか。 「オレには……親も兄弟もいない。産まれた時に奴隷商に売られたらしい。主人がそう言ってた。親に売られたのか、それとも盗賊にでも襲われて誘拐されたのか。全く何もわからない。オレには何もない。だから羨ましいよ、半分でも血が繋がっている家族がいるんだから……」  多くの奴隷仲間は同じような境遇ばかりで、それが普通だった。みんな、何も持っていない。空っぽだ。  なんの目的もない。ただ毎日の仕事をこなすだけ。 「では、こうしよう」 「なに?」 「私の元に来なさい。その体質、このまま死なせるにはもったいない」 「は……!?」  剣の切っ先がシアンの頬に触れた。ひんやりと尖った刃に自分の顔が歪んで映った。 「なんであんたのとこなんかに!! 絶対、嫌だね!!」  似た境遇だから同情でもしたのか、それとも利用価値があると思ったのか。  なんにせよ王子の命を狙っている人間に飼われるなんて屈辱でしかない。 「ならば価値はないな」  頬に触れた切っ先がシアンの赤い髪を雑に切った。  パラパラと赤い髪が石の床に落ちていく。 (王子が……綺麗って言ってくれたのに)  ベッドの上の王子はいつも甘く優しい。  毒を治療するためだけに呼ばれ、抱きたいと思ったから抱き、抱かれたいと思ったから抱かれている。そこに愛情はないはずなのに身体を重ねている瞬間は愛されているような錯覚に陥る。  空っぽの自分の中を王子が埋めてくれるみたいで、幸せでたまらない。  こんなバラバラになった髪を見たらもう王子は綺麗だと言ってくれないかもしれない。そう想像するだけで哀しくて泣きそうになる。 「王子の命と引き換えならどうだ? 君が私の元に来るなら王子の命は助けよう」  石の床に散らばった髪を呆然と見ていたシアンはハリス公からのその提案に顔を上げた。  ハリス公の元に行けば王子は命を狙われなくて済む。食事に毒を入れられることも、暗殺者に殺されることも。 「保証はないだろ」 「君の命を取り引きに使えば王子は継承を放棄するさ。その後、君は私の元に来る。それで取り引き完了。誰も死なず、誰も苦しまない」 「王子がオレなんかの命のために取り引きするわけないだろ」  この命にそんな価値はない。   たとえ王子が取り引きに応じたとしても、ハリス公の元へなんて行きたくない。それなら死んだ方がマシだ。  それに王子には王になって、奴隷制度を変えてもらわなければいけない。  王子との少ない絆の一つがその約束なのだから。  自分がいなくても王子にはセシルもいるし、守ってくれる家臣もいる。どんなに邪魔されても王子は必ず王になる。  ならなきゃいけない人だ。 「死んでも嫌だね」  挑発するように舌を出して睨み付けた。 「ならば二人とも死ね」  振り翳された鋭い剣。  両手両足の鎖が邪魔で自由に動けないシアンはもうダメだと覚悟を決めて目を閉じた。 (なるべく痛くないように一回で終わらせてくれ!!)  それくらい祈ったって罰は当たらないだろう。  どうか王子が王に即位できるように。そのためなら多少痛くても我慢するから、絶対にハリス公の思惑通りにしないでくれと強く願って歯を食いしばった。

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