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第22話
どのくらい眠っていたのか、目が覚めるとそこは暗い地下のようだった。
カビ臭い匂いが鼻につく。微かに蝋燭の灯が揺れている。
冷たい石の床の上で寝ていたらしく、身体中が冷たく、どこからか水が漏れているのか服も髪も少し濡れていた。
起き上がろうとして、両手両足に鎖の手錠を掛けられているのに気が付いた。
気を失ってハリス公に捕まってしまった。なんて間抜けなのだろうと唇を噛んだ。
「気が付きましたか?」
暗い中にハリス公の声が響いた。よく目をこらして見てみると壁にもたれて腕を組むハリス公の姿があった。
「さすがにあの毒を飲んで平気ではいられなかったみたいだね」
「……あんな不味い毒、二度と飲みたくないね」
王子を守れるならこの命を投げ出しても構わないと覚悟していたけれど、ハリス公の所業を王子に伝えるまでは絶対に死ねない。
この身体はどうやらどんなに強い毒でも死ぬことはない。王子を治療することもできて、自分にも効力がないのなら毒に対しては無敵だ。
「それで、オレをどうするつもり? 殺す?」
「そうだねぇ……」
足音をさせて近付いてきたハリス公が目の前までやってきた。なんとか起き上がって立ち膝でハリス公を下から見上げると、グッと赤い髪を掴まれた。
強引に髪を引っ張られ、その痛みにシアンは顔を歪ませた。
「おとなしく毒に蝕まれることに怯えて王位継承権を放棄しておけば良いものを、おまえみたいな者がいるから計画が台無しだよ」
そこにはもう温厚なハリス公はいない。いや、最初からシアンに対してハリス公は温厚な人柄を一度も見せていなかった。
赤い髪の一族が本当に毒を無効化できるのかずっと疑いの目で見ていたのだろう。そして実際に毒が効かないとわかり、本性を出した。
「計画って……? あんた、王様になりたいの?」
もう敬うことも礼儀を気にすることもない。こちらも素のままで返事をする。
「あの兄とその子供がいる限り、私は王にはなれぬ。王になるのは私はではない、私の子供だ」
「は……? あんたの子供って、継承順位かなり下だろ?」
ノア王子が継承権を放棄したとして、その下にはまだ二人、弟がいる。
第二王子と第三王子が相次いで毒に侵され継承を放棄したとなれば、その下の弟たちの警護は今より強化され簡単には手を出せなくなる。
その二人を始末してハリス公の子供が継承するとなると、他の王族や臣下たちが黙っていないだろう。
「私の子は今、一歳。継承順位は二番目だ」
「え……?」
頭が混乱してきた。なんで現国王の子供を抜いて、弟の子供が二番目の順位になるのだ。
「兄の小さな子供二人は兄の子ではない。第四王子と第五王子は私と王の側室の間にできた子だ」
まさか、侍女たちの噂話のうちの一つが本当だったとは。
驚いているうちに髪を掴む手が離され転がされると、ハリス公は腰に帯刀していた剣を抜いた。
暗い中に剣が鋭く光る。
「兄は義姉を心底愛している。だから側室を作ったりはせずに今まで来た。そんな兄が侍女に手を出したとなれば長年一緒にいた義姉は傷付き引きこもる。兄は妻の機嫌を直そうと必死になり、私の偽装工作まで頭がいかない」
手口はとても簡単だった。酒の弱い王に強めの酒と睡眠効果のある薬草を入れて飲ませ、眠り込んだところにハリス公の手付きの侍女を横に寝かせておくだけ。
「朝起きた兄が青い顔をしていたのが滑稽だったよ。信じられないことに一国の王が今まで王妃以外抱いたことがないのだから。ほしいものはいくらでも手に入れることのできる国王が、だ」
後は手付きになったとして側室に召し上げ、たった一回の共寝で懐妊したことにすればいい。同じ手を使って二人目の側室を召し上げれば、まだ王に心が残っていた王妃の愛情もなくなる。
王と王妃の仲が良くなければ、そのギスギスした空気は周りにも伝わる。
食事の席にも二人は来なくなり、権威の目がなくなったその席では王子の食事に毒を混入させることに躊躇していた王族も、感覚が麻痺して何度も毒を入れるようになる。
人の心を操るのはハリス公にとってはとても容易なことだった。
幼い頃から虐げられて育った彼には、王族の汚い仕打ちをたくさん見てきた。
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