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第1章 宇宙(そら)の狼  *1*

 5つの大惑星とそれに付随するいくつかの衛星、そして数多く点在する小惑星からなるシェルタランダ星系。  新宇宙歴192年、この星系は帝国都市惑星アルケイスによって統治されるに至る。  シェルタランダ星系における星々への行き来は、航宙船(スターシップ)により盛んに行われた。  やがて宇宙を航行する人々の間に、暗黙の了解めいたものが生まれ、次第に形をなしたそれは『秩序』と呼ばれるに足るものへと変化を遂げた。  アルケイスによる統治のもと、宇宙は安定した秩序に守られているかに見えた。  しかしいつの世にも、秩序に縛られることのないアウトロー、すなわち『無法者』といった存在は現れるものである。  人は彼等を『アウトセイラー』と呼んだ。  畏怖をこめ、あるいは自由かつ奔放な精神への憧れをこめて人々は呼ぶのである。  宇宙の海賊、アウトセイラーと。 ■■□―――――――――――――――――――□■■  赤い光の明滅。警告音がやかましく鳴り響く。  無機質な合成音が緊急事態を告げる中、カシスはそのもっともたる元凶と正面から対峙していた。 「俺とやりあうには力不足だな王子さま。腰がひけてるぜ」  男はニヤリと笑った。  肩にかからない程度に切られた髪は漆黒の闇色。琥珀の瞳は明滅を繰り返す警告灯の赤を映して血の色にも見える。  スッと通った鼻筋、尖った顎のライン。  薄い唇に今は皮肉な笑みをのせて、男はカシスの前に悠然と立ちふさがっていた。  カシスが構えたビームサーベルに動じるふうもなく、男はゆったりとした仕種で己もビームサーベルを抜く。手に馴染む感触を確かめるように横に薙いだ後、舞ってでもいるかのような身ごなしで素早くカシスに切っ先を向けた。  その立ち居振る舞いには抜け目のない敏捷さと、優美とも思えるほどのしなやかさが備わっている。 「来いよ」  リンとして澄んだ響き。  カシスは瞬間、ビクリと震えた。  わざと低く落とした特徴のある声。目は楽しげに細められ、獲物を前に危険な色を滲ませたまま、カシスを油断なく見据えている。  綺麗だと思った。  声の響きにも、自分を見つめる輝く眸の中にも、一点の曇りすら見出すことができない。  男の名はウルフ。無法者の中にあって、なお悪名高きアウトセイラーである。  彼の手によりおとされた航宙船は、100隻を下らないと噂された。僅かなりと生命反応があれば殺戮の限りを尽くした後、血の最後の一滴までもを絞り尽くすという。  航宙船100隻は噂にすぎないとしても、残虐非道なウルフの名が恐怖と同意で用いられるのは事実である。  当の男を前にしてカシスが身を震わせるのも、無理からぬことなのだ。  しかしカシスは―――。  カシスの震えは怯えからくるものでは決してなかった。  手の中のビームサーベルを殊更強く握りしめる。爪が掌にくい込むほど強く。そうでもしなければ目の前にある琥珀の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。  我知らずカシスは息を呑む。  冷酷な男なのだ。血と争いをなによりも好み、人の死を痛みとも思わず嘲笑う海賊。  なのに、なぜ―――。  カシスは男を強く見据えた。  こんなにも綺麗なんだろう―――。 「さあ、来てみろよ。それとも足が竦んで動けないか?」  やはり澄んで透明感のある響きが、からかいを含みカシスに投げかけられる。  見惚れている場合ではないのに・・・。  ありったけの意地とプライドをもって、カシスはなおのこと強く男を睨みつける。その視線を悠々と受け止めた当のウルフは、心底楽しげに眸を瞬かせた。  『戦い』そのものに、純粋な喜びを見出しているに違いない。  そんな場合ではないと自分自身に胸の裡できつく言い聞かせながらも、カシスにはウルフが、彼の持つ本能と呼ぶべき戦いへの執着が羨ましく思えてならなかった。  誇り高き闘争心。  多少のいざこざはあるにせよ、穏やかで安穏な暮らしを続けてきたカシスにはついぞ持ち得なかった精神。  カシスは相手に対する素直な敬意と、畏怖の念を同時に覚えていた。  敵として対峙しながら、だ。  カシスはゆっくりと息を吐き出した。  強く握りしめすぎたせいで、相手に向けたサーベルの切っ先は細かな震えを帯びている。  恐怖を感じているのだとは思われたくない。だが戦いに不慣れであるがゆえの不安を感じていることは事実だった。  万に一つも勝てるとは思っていないが、この目の前の男に一矢なり報いることができれば本望だ。  カシスの決意を見てとったのか、男の眸がスウッと細められた。 「来な」  誘う言葉に、不思議と真摯な響きがこもっている。  引き寄せられるかのように、カシスの足が始めの一歩を踏み込んだ。  それが合図。  互いのビームサーベルがブンと唸りをあげた。  一瞬交じあったサーベルに、力では押し負けると判断したカシスが即座に飛びすさる。が、ウルフのサーベルはそんな彼にしつこく食い下がってきた。  切っ先が胸の前を掠める。 「ク……ッ」  胸元の布一枚を裁たれながらも、なんとか相手のサーベルから逃れることのできたカシスは、床に片膝をつき肩で荒い息を繰り返す。  構えたサーベルの先で、ウルフが不敵に笑んでいた。  スラリと立つ姿は余裕に満ちている。  力の差は歴然としていた。傷ひとつ負わせることもままならぬほどに。  それでもと、カシスは再び目の前の男を睨む。  あっさりと負けを認めてしまうわけにはいかなかった。  ただ負けだけを認めることはプライドが許さない。帝国アルケイスの王子としてのプライドが。  ほんのかすり傷でいい、負わせることができれば……。  カシスが立ち上がろうとしたその時、ふたりのいる通路がガタンと大きく揺れた。  ウルフの意識が、僅かの間カシスから離れる。  カシスはそれを見逃さなかった。立ち上がりざま、だっと切り込む。  カシスのサーベルはウルフの鳩尾を抉るはずだった。  気付いたウルフの反応は素早い。  しかし、いかにウルフといえども、カシスの動きに気付いてからの反応では対応が遅れる。良くて脇腹、悪くとも左腕に致命的な傷を負わせることはできるはず。  カシスのサーベルがウルフの脇腹を掠る―――かに見えた。 「―――な……ッ!?」  だが実際には掠りもしない。  見事としか言い様のない無駄のない動きで攻撃を軽々とかわしてのけたウルフは、巧みに足払いをかけカシスの躯を押さえ込んでしまったのだ。  床に座り込み壁に背をもたせかけた形で縫い止められたカシスは、喉元にビームサーベルを突きつけられ動きを封じられたまま、自分を押さえつける男をねめつけた。  睨み付けられた男はといえば、ついに捕らえた獲物の様子に満更でもないようで、薄い笑みを口元にのぼらせカシスを見つめている。 「キャプテンッ。どこです? キャプテンッ!?」  遠くからウルフを呼ぶ声が届いた。  喧しく鳴り響く警告音は止まっていない。いつの間にか、喧噪は増しているようだ。 「ここにいるぜライアス。どうした?」  カシスから眸を逸らさぬまま、ウルフは声をあげる。 「アルケイスの艦隊です!」 「数は?」 「10隻ほど。囲まれちまうとやっかいだ。引き上げた方がよくないですか!?」 「わかった。撤退するッ」 「イエッサー、キャプテン!」  通路の向こう側で姿を見せなかったライアスが、「撤退」を叫びながら遠ざかっていくのが聞こえる。 「先刻の揺れはそのせいか……」  呟いたウルフは、カシスにニッと笑いかけた。 「お前がいるのに帝国のやつらが攻撃を仕掛けてくるとはな。お前は囮か、王子さま? これはお前には知らされていない作戦だったのか? それとも始めから作戦に組み込まれた罠だったのか?」 「……知……知らない」  作戦であろうとなかろうと、そんなことは関係のないことだろうと言い放つ。  しばらく睨みあったあと、ウルフは自嘲気味に呟いた。 「確かに……どうでもいいことだな」  シュッと小さな音をたて、カシスに突きつけられていたビームサーベルの光が消えた。 「囮に使うとはいえ、帝国の大事な王子さまだ。身代金ぐらは払うだろうさ。でなきゃ奴隷市に売っ払っちまうまでだな」 「……な……に?」  ハッとなったカシスが動き出すよりも先に、残った柄の部分でウルフは彼の延髄を殴りつける。 「グ……ウ……」  呻きをあげ崩れ落ちる華奢な躯を、ウルフは冷ややかに見下ろした。

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