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第1章 宇宙(そら)の狼  *2*

 帝国の艦隊が押し寄せてきている現在、この場にぐずぐずと居座っているわけにもいかない。自分たちが攻め入ると同時に鳴り出した警告音が、今は当のウルフたちを追い立てる激しさで鳴り響いているのだ。  床に力なく崩れ落ちた華奢な身体を、ウルフは横抱きに抱え上げた。  通路の奥からバタバタと足音が聞こえる。次いでウルフを探す仲間たちの声が耳に届いた。  電波を傍受され位置を知られる危険性があるため、彼らは無線を使わない。仲間を探すには自らの足を使い、目や耳で確認するより他に術はなかった。 「どこにいるんです? キャプテンッ」 「キャプテン、さっさとずらかろうぜ!」  ウルフは腕にカシスを抱えたまま、警告灯が赤い明滅を繰り返す通路を進んだ。 「キャプテンッ!」 「ここだ」  なんども呼びかけられていた声に短く応え、通路の角を曲がったところで仲間たちと合流する。 「さっさと返事してくれても良さそうなもんだぜ、キャプテン」 「あんまり遅いんでヤキモキしちまったよ、なあ」  同意を求める声に「そうそう」と頷いてみせた仲間たちの目が、模索するかのように、あるいは純粋な好奇心でもってチラチラと少年を窺い見る。  腕の中に抱えた少年へ注がれる視線をいっかな気にした風もなく、脇へ素早く避けた仲間たちの間をウルフは悠々と歩き始めた。 「他の連中は?」 「先に船へ戻ってます」  後につき従ったライアスの応えに軽く頷く。 「ディック、先に行って俺たちの状況を伝えろ。戻り次第、船を離脱させる。もたもたすんなってな」 「アイサー、キャプテン!」  振り返ることもなく指示を出したウルフの横を、ディックと仲間2人が駆け抜けた。あっという間に姿が見えなくなる。 「こっちも急ぎましょうぜ、キャプテン」  控えめに声をかけたライアスが、気遣う素振りでチラリとウルフが抱えた少年を見やる。ライアスの見せた危惧に思い至って、ウルフはふっと笑みを洩らした。 「ああ、急ごう」  頷くなり駆け出したウルフの後を、ライアスと残っていた3人の仲間がついて走る。  ライアスはカシスという余計なお荷物のせいでウルフの素早い撤退が適わぬのではと懸念したが、どうやらまるっきりいらぬ気遣いに終わったようだ。  駆け出したウルフの足取りは悠然として軽やかだった。腕に抱えた少年の重みなどまるで感じさせない。  華奢な少年の身体は、見た目以上に頼りなげな印象をもたらすほどの軽さだったのだ。  確かに少しばかりの重みはある。腕に心地よい重みが。それはだがウルフの行動を妨げる要因とは成り得ないものだった。  駆け出してしばらくすると、目的の場所が見えた。 「キャプテン! こっちだ!」  先に行かせたディックが大きく手を振っている。  壁の一方に巨大な穴があった。ウルフたちが侵入のために吹き飛ばしたものだ。その場所から筒状の通路が渡り廊下のように伸びて、彼ら自身の船へと繋がっている。  カシスを抱えたままで、ウルフは自分の船に乗り込んだ。ピッタリと横付けにされた海賊船へは、この通路を通って難なく乗り移ることができる。  ウルフに続いた仲間たち全てが乗り移ったことを確認し、最後にディックが船へと乗り込む。同時に2重となったシャッターが下ろされ、急ぎその場から移動した時には軽い振動の後船が滑らかに動き出していた。  筒状の通路はカシスが乗っていた帝国の艦船に乗り込むため、横付けにした海賊船からタラップ代わりに繋げた伸縮自在の通路だ。振動はその通路が海賊船の壁面に収納された際のものである。  早々に離脱した自船の動きを感じとり、一段落とウルフは息をついた。 「ウルフ」  無遠慮に声をかけられ顔を向ける。冷ややかなイメージを纏う男が、自分を見つめ立っていた。  副官であり、参謀であり、船のシステムを一手に引き受ける、ウルフの右腕とも呼ぶべき男だ。  ダークブルーの双眸。髪は深いセピア色。長身に膝下まで丈のあるロングスーツを着こなす姿は、理知的で近寄りがたい雰囲気を醸し出している。  戦闘や運動には不向きなロングスーツはシルクに似た軽い素材でできていて、彼の動きにあわせ裾がマントのようになびいた。 「よぉ、オーク」  わざと軽い調子でウルフは返した。  対する応えはない。  オークは意識を喪ったままの少年にチラリと一瞥をくれ、その後はたしなめるような眼差しをウルフに向けている。  悪戯が見つかった子供といった仕種で、ウルフはスッと目線を外し苦笑した。 「人質だよ」 「……ああ」  低い呟きにオークが応える。しかしそれが納得してのものでないことは明らかだ。  人質など必要ではないだろうと、声には出さぬままその目が言っている。  もとより身代金なんてものをアテにはしていなかったし、カシスの存在をチラつかせることで帝国の攻撃から逃れようとも思ってはいない。  そもそも『宇宙の狼』と異名を取り恐れられた海賊である己が、帝国の艦隊ごときに遅れをとるとは露ほども考えていなかった。  気紛れだったとウルフは思う。  深く思慮しての行動ではない。単なる気紛れだったのだ。  我の強さを宿した漆黒の双眸に睨みつけられ、ゾクゾクと背が粟立つ高揚を覚えた。  ビームサーベルをさばく手並みはお世辞にも慣れているとはいえなかったが、立ち姿は帝国の王子らしく気品に満ち溢れ、知らず目を奪われるほどだった。  頼りなげな容姿からは想像もつかない気の強さで海賊である自分に真っ向から挑んでくる様には、いっそ馬鹿笑いしてやりたくなるほどの通快感がこみあげた。  触れると折れてしまいそうな細い四肢だが、腕の中に抱き上げてみてその柔らかさに驚かされた。猫のようにしなやかな柔軟さを、少年は身の裡に秘めているのだ。  興味をそそられる。  煽られると言っていい。  けれどいくら好奇心を刺激されたといっても、相手は帝国の王子だ。簡単に自分の船に乗せてしまって良かろうはずがない。  欲しいと明確に思ったわけではなかった。  意識のないままで放って置かれたにしても、じきに着いたであろう帝国の援軍がカシスを丁重に保護していたに違いない。  ウルフが開けた大穴も通路の一部を閉鎖することで難を逃れたろうし、被害が大きかったにしても艦が沈むほどではなかったはずだ。  カシスを連れ去る必要などなかったことは、海賊船に乗る誰の目にも明らかだった。  考えなどない。  無意識だった。  床に崩れ落ちたカシスの身体を、衝動に突き動かされるまま腕に抱き上げていた。  なぜかと問われても、ウルフの中にすら応えは見つからない。気紛れなのだとしか言いようがなかった。  なんとはなしにバツが悪くてウルフは副官に対して強気の態度がとれず、オークはあからさまに物好きなと言いたげな目を向けているのである。

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