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第2章  白き海賊船ルナティス  *1*

 カシスの目覚めは遅い。  夜になるとウルフは決まってカシスを抱いた。  闇ばかりが拡がる宇宙にあって、昼と夜の境は曖昧だ。ある程度の規則性をもって決められた1日という時間の長さの中で、昼と夜が割り振られる。  睡眠というものをそれほど必要としないのか、ウルフの夜という時間はさらに曖昧だった。  カシスが認識する2日に1度、でなければ3日に1度という割合でウルフは眠りにつく。  その貴重とも思える睡眠時間をさらに削って、ウルフはカシスを抱くのだ。  なんど繰り返しても慣れることのできない行為に、カシスの身体は酷く消耗した。必然的にベッドから起き上がれない日もでてくる。  そうでなくとも日がな1日狭い部屋に閉じ込められているのだから、体力の衰えは一目瞭然だった。食欲もなく、ろくに食べることすらできない日が続く。  このままではいけないと、焦る気持ちがカシスの中にはあった。  早く逃げ出さないと。  どんなことをしてでも、この船を出ないと。  衰弱して死んでしまっては元も子もないのだ。  逃げ出せないのなら、せめてこの船の居場所を帝国に知らさなければならない。  救けを求めるためではなく、この海賊船を捕らえるために。  船の居場所を知らせることは、カシスにとっては自殺行為だ。  帝国が海賊船の居場所を知れば、即座に攻撃してくるであろうことは推測するまでもない。  どんな手段を使ってでも海賊船を手に入れること。帝王から嫌というほど聞かされた言葉だ。そのためならどれほど卑怯な手も厭わない。 「無傷でとは言わぬ」  カシスの父と呼ぶべき現王は言った。 「船の外観など問題ではない。どれだけの損傷を与えても構わぬ。あの海賊船を帝国に持ち帰れ」  そして続けるのだ。 「アウトセイラー共々だ」  現在シェルタランダ星系を支配している帝王は、恐ろしく海賊船に執着していた。  彼の言う『アウトセイラー』は広い意味で海賊たちを指しているわけではない。唯一『ウルフ』を指す言葉だ。  荒くれ者たちの中にあってなおいっそう悪名を轟かせた『キャプテン・ウルフ』その人を指す。  優しさとは無縁の、血に飢えた海賊。  だからといって帝王がウルフに対し恨みを持っているとも思えない。  帝王が見せる執着の理由が、カシスには思い当たらなかった。  たとえば四肢の全てを切り落としてでもウルフを捕らえろと帝王は言うのだ。殺しさえしなければ、なにをしても良いと。  これほどの執着を前には、カシスの命など瑣末に過ぎない。  いったいウルフのなにが帝王の心を掻き立てるのか?  ウルフがではない。  ウルフが持つ『なにか』だ。  ウルフが『なにか』を持つからこそ、帝王は船ごと彼を生け捕りにしろと言うのだろう。  覚束ない足取りでカシスはベッドから降り立った。  カシスにとっては真昼間といっていい時間で、けれど疲労は重く身体に伸し掛かってくる。  あらかた部屋は見尽くして、今さら物色するまでもない。  帝国が欲しがるほど重要なものを、カシスを閉じ込めた部屋にウルフが置いておくとも思えなかった。そもそもからしてどんな物とも、カシスには判断がつきかねるのだ。  カシスは入り口の前に立つ。電子ロック式のシャッターは堅く閉ざされたままで動く気配もない。  恐る恐るカシスは壁に備え付けの薄っぺらなパネルへ手を伸ばした。指が6桁の暗証コードを辿る。  ウルフの素早い指の動きを、密かに根気よく目で追い続けた成果だ。見よう見真似でしかないが、なんとか上手くいきそうだった。 ―――開く!  軽い音をたてロックを解除されたシャッターが口を開ける。  後先も考えずカシスは部屋を飛び出していた。

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