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第2章 白き海賊船ルナティス *8*
室内の照明が全て落とされ暗闇となる。
驚き全身を強張らせたカシスの眼前に、白い船体が浮かび上がった。
キイ・ブレインである少女に重なり浮かぶ船の姿は、スクリーンからライブラリーの中央に投影されたホログラム(立体映像)だ。
暗がりとなった室内に映し出される船影は宙空を翔ける純白の翼さながらで、あまりの鮮やかさに目を奪われ圧倒されたカシスは立ち尽くしたまま動けなくなる。
少女の姿がふわりと微笑む。同時に凛とした声がライブラリーに響き渡った。
「イイ女だろ、俺の《ルナ》は」
一気に部屋の照明が明々と灯った。
眩しさにカシスは目をしばたかせる。
掌で影をつくり指の間から薄く開いた目を向けた先に、ウルフが不敵な笑みを見せ立っていた。数人のクルーたちも一緒だ。
不意と掻き消えた少女の姿が、一瞬後にはウルフの傍らに現れ愛しげに寄り添う。
その少女の名をカシスは意識せぬまま口にしていた。
「…………ル……ナ」
「《ルナティス》、この船の名前だ」
ウルフの声に呼応するかのように、少女は彼の肩へとしな垂れかかった。
実際ルナはウルフの声に応えている。名を呼ばれるたび華やいだ笑みを見せ、ウルフへと身を寄せるのだ。
宙に浮きウルフに寄り添うホログラムの姿は妖精を思わせる。キイ・ブレインとは思えない姿だった。
鮮やかさも華やかさも、なにもかも。
船長に忠実がキイ・ブレインのモットーであるとはいえ、彼女が見せる感情はそれを凌駕して余りある。忠実などという言葉ではおさまらない。
彼女の目はまさに恋する少女のそれだった。
ウルフに恋をしている。
他のクルーたちを見るのとは明らかに違う色がウルフを見つめる。
愛しいのだと少女の全身が訴えている。
「あり……えない……」
カシスは震える声を絞り出した。
人並み以上の感情を持つキイ・ブレイン。高度という言葉では括ることのできない領域に彼女は達している。
こんなものに行く手を阻まれようとは―――。
この船からは逃げられない。
ウルフに付き従い集まっている海賊たちを見ていても分かる。彼らはカシスを捕まえようとはしない。隙をついて部屋を抜け出したところで、まず追ってはこないだろう。
ルナが通路を閉ざせば事は足りる。
カシスにとっては屈辱でしかない現実。
無駄な足掻きというにはあまりに幼稚な。
全ては子供の遊びにも満たない。
全ては愚かな独りよがりとも似た。
全ては…………。
これほどのキイ・ブレインを相手には、あまりにも稚拙すぎたのだ。たとえどれだけの策を練っていたにせよ、彼女を相手に通じたかどうか。
シェルタランダ星系中を探し歩いたにしても、まず類を見ないであろう高性能なキイ・ブレイン。
信頼と服従、おそらくはウルフへの絶対的な忠誠心すら持ち合わせた電子頭脳。機械という枠を超えてキイ・ブレインが持ち得ない感情すらも、彼女はありありとカシスに見せつけるのだ。
どうすれば―――。
なんども繰り返したはずの自分自身への問いかけを、また繰り返す。
応えは出ない。
問いかけるごとに応えは闇に紛れていく。
「ルナ、カシスをクルーとして登録しろ」
穏やかに響いたウルフの声に、カシスの肩がピクリと反応した。
彼はいったいなにを言い出すのだろう?
カシスの動揺には目を向けず、ウルフは静かに続ける。
「船内全ての通行許可を。メインシステムへのアクセスも許可してやれ」
「イエッサー・キャプテン」
ルナが応えると、面白がっているのか冷やかしをこめた口笛が海賊たちの間から聞こえてきた。
固まったまま動けずにいるカシスの元へ、ウルフがゆっくりと歩み寄る。
腕を捕まれカシスは反射的に彼を睨んだ。不敵に笑んだウルフはカシスを放そうとはしない。
「走り回るのが好きなんだろ? 存分に走り回らせてやるぜ、王子サマ」
「なに……を?」
「お前に仕事をやる。―――来いよ」
有無を言わせぬ力強さで腕を引かれ、カシスはよろめいた。なんとか転ばずにはすんだものの、大股で進んでいくウルフについて行くのがやっとだ。
高みの見物を決め込む海賊たちの好奇の目に晒されながら、カシスはウルフの手に引かれるままライブラリーを後にした。
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