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第3章 闇よりも黒き淵  *14*

 ブリッジのウルフは、スクリーンの真正面に映る連邦の巡視船を見据えていた。  駆け出したカシスを追うことはできない。思わずといった様子で後を追いそうになるシアを、腕の中へ閉じ込めておくだけで精一杯だった。  巡視船の主砲は、この海賊船に狙いを定めている。 「追いかけっこしてる暇なんざねーんだよ」  ウルフは忌々しげに舌打ちした。 「ルナッ、この船の外へカシスを出させるな!」 『アイアイサー』  少女の声が応える。ウルフはそれへたたみかけ言った。 「向こうのキイ・ブレインを口説き落とせるか?」 『もちろんよ』 「こっちの船影を、向こうのモニターから消せ。やれるな?」 『アイアイサー』 「右舷へ旋回! 敵の後方に回り込むぞ!」 「アイアイサー」  怒声に似たウルフの号令に、クルーたちも大きく応える。  ウルフはシアの肩をそっと押しやった。 「オークのところへ行け。ブリッジからは出るな。大人しくしてろよ」  言い聞かせ、シアが頷くのを見守る。  無言で求めに応じたオークにシアを託すと、ウルフは改めて操舵席に着いた。自ら舵を取る。  敵の主砲を回避できれば、細かい砲弾は多少喰らっても構わない。大きな被害を出してしまうほどには、ルナティスがやわな航宙船ではないからだ。 「奴の横っ面にビーム砲を叩き込んでやる」  ウルフは舌なめずりするように唇を舐めた。ニヤリと笑う目が不穏に光る。  やられっ放しで引き下がるほど、大人しい性質は持ち合わせていない。  ウルフの裡で滾る血の気配に、同調した海賊たちの眸がギラギラと輝きを増した。ブリッジの中を獣の餓えとも似た、貪欲に餓えた空気が満ちる。  ウルフの命を受けたルナは、難なく敵船のキイ・ブレインを手玉にとってしまった。  敵船のモニターからこちらの船影を消すことができれば、戦況は圧倒的に有利なものとなる。  エンジンにトラブルを抱える現在、まともには逃げ切ることなど不可能だ。  主砲を避け巡視船に突っ込む。船影さえ消してしまえば、敵が僅かな船窓から目視するよりも先に、相手の懐へ飛び込んでいけるはずだった。 「全速前進!」  一気に勝負をかける。  大きく回りこんだルナティスの脇を、巡視船の主砲が掠めた。船体が激しく横揺れする。鼻先を掠めただけだというのに、凄まじい余波だった。  真正面から喰らえば無事では済むまい。 「ク……ッ」  ウルフは歯を喰いしばった。  ルナティスがスピードに乗らない。思うように動けない。  僅かに間を置いた後に始まった砲撃の嵐をくぐり抜け、敵船の左舷につける。  後方へ回り込む一瞬の隙に、ウルフは荒々しく吠え立てた。 「撃てッ!」  迎撃体勢をとった海賊船の反応は早い。  ウルフの号令に待ってましたとばかり砲弾が敵船へと襲い掛かる。  海賊船から放たれたビーム砲が、巡視船のエンジンを吹き飛ばした。  巡視船からの攻撃を掻い潜り後方へと海賊船が回りこんだ時には、最早相手は航行に支障をきたすほどの深手を負い、宙空に漂う有様と成り果てていたのだ。 ■■□―――――――――――――――――――□■■  ブリッジに歓声が起こる。 「やったぜ! 連邦の奴ら、泡食ってやがるだろーよ」 「さすがは俺らの船だ。連邦なんざ敵じゃねえ」 「なんたってキャプテンの腕がいいからな」 「お前らの腕もな」  ウルフは穏やかに眸を細めた。 「よせやいキャプテン。照れちまうよ」 「おうおう、心配しなくても、キャプテンはお前の腕なんぞ当てにしてねーって」  赤くなって頭を掻くクルーの横で、別のクルーが野次をとばす。ブリッジを笑い声が満たし、張り詰めていた空気は跡形もなく消え去った。  巡視船は追ってこない。追ってこれる状態でないことは明らかだった。  しかし和んだ雰囲気を破り、またしても警告音は鳴り響いたのだ。 「今度はなんだッ!?」  ウルフは苛立ち、がなりたてる。  深刻な被害こそないものの、ルナティスとて万全の状態ではない。帝国の艦船でも現れようものなら、逃げ延びることは困難と言っていい。いや、決して逃げ切れるものではないと言えるだろう。  ブリッジに緊張が疾る。 「ルナッ!?」 『外壁及び内壁の1部に損傷を確認。これより格納庫を閉鎖します』  ウルフの声にルナが応えた。オークが横合いから口を挟む。 「電気系統にもトラブルだ。貨物室の扉がロックされている」 「貨物室?」 「どうやら王子が閉じ込められているらしい。出してやるには時間がかかりそうだ」 「―――しばらく閉じ込めておけ。頭を冷やさせるにはちょうどいいだろ」  ウルフは冷ややかに言い放った。  宇宙一と恐れられた海賊である自分が、見縊られたものだと思う。帝国の王子とは言えガキでしかない相手に振り回されるなど、冗談ではなかった。  その王子を引き止めたはずのルナが、さらに告げる。 『酸素の流出を確認。格納庫及び貨物室と周辺の通路を全て封鎖します』 「酸素の流出……だと?」  ウルフは眸を見開いた。オークもまた傍らで息を呑む。 「王子がまだ中に……」 『貨物室に生命反応あり』  ルナの声がブリッジに響き、ふたりの前に少女の姿が形を成した。 「ウルフ、貨物室のロックがどうしても開かないの。酸素濃度は急激に低下してるわ」  全てを聞くまでもない。  ウルフは後も見ず駆け出した。

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