ウルフは通路を突っ切っていく。 　コンピュータルームを過ぎ、その先にある階段を下りたところで通路は封鎖されていた。 　非常事態に、常ならば壁に収納され隠されている形の操作パネルが、閉ざされたシャッター扉のすぐ脇に現れている。 　ウルフは迷いなくパネルに向かい、扉の開閉を手動へと切り替えた。 　後を追って駆けつけたクルーたちがウルフに追いつく。 「キャプテン！」 　彼らは口々にウルフを呼ぶ。 　この先の通路はまだ酸素の流出を免れているようだ。危険を告げる警告音は鳴らず、シャッター扉は軽い音をたて頭上に向け開いた。 　ウルフは素早く指示を出す。 「フリッツ、ウィル、ニック、酸素マスクをありったけ掻き集めて来い」 「アイアイサー」 「ケビン、お前はここに残って外側から扉を閉めろ。出る時は中から合図する。いいな？」 「アイアイサー」 「行くぞ！」 　仲間たちの返事を待つ間ももどかしげに、ウルフはシャッター扉の向こう側へ身を踊りこませた。 　数人のクルーが後に続く。 　狭い通路だ。多人数では身動きが取れなくなってしまう。そうと見越して、駆けつけたクルーの大半はケビンとともに扉の外側で事の次第を見守ることに決めたようだ。 　シャッター扉をくぐるとすぐ貨物室の前に行き当たる。 　ウルフは貨物室の扉を開きにかかった。しかし、やはりと言うべきか扉は一向に開かず、なんの反応も示さない。 「ロイ！」 　電子機器の扱いを得意とする彼を呼びつける。 「やれるか？」 「どうかな……。かなり厳しいと思いますが」 　ウルフに代わって貨物室の扉に向かったロイは、難色を露わにした。 　扉脇の操作パネルにロイの手が伸ばされる。非常用のコードを打ち込むが電子ロックは解除されない。 　なんど試しても結果は同じ。他のどんなコードも受け付けられない。 　お手上げだとウルフへ向けロイは肩を竦めてみせた。 　時間ばかりが過ぎていく事実に、ウルフは苛立つ。 「キャプテンッ」 「酸素マスクです、キャプテン！」 　フリッツたちが戻ってきた。 　ウィルとニックを残し、フリッツだけが人数分の酸素マスクを手にウルフの元へ駆けつけてくる。 　ウルフが酸素マスクを受け取ると同時に、ケビンの手で通路のシャッターは外側から閉じられた。 「外の連中にも酸素マスクは行き渡ったか？」 「イエッサー」 　はっきりと頷くフリッツに、ウルフも軽く頷き返す。 　残された時間は無いに等しい。こうしている間にもカシスの命は消えてしまうかも知れないのだ。 　いよいよだとウルフは腹を括った。 「オーク、聞こえるか？」 『イエッサー、キャプテン』 　ブリッジに残っているオークの返事が、通路に響き返ってくる。 　ウルフは僅かに俯き、だがきっぱりと言い切った。 「電気系統を全てシャットダウンしろ」 『ウルフ、しかしそれは……』 「電源を全て切れ」 　全ての電源を一旦オフにする。補助発電に切り替わりサブのシステムが動き出すまでの間、全ての電子ロックが瞬間的に解除されるはずだった。 　上手くいけばその隙に貨物室の扉を開けることができる。 　万に一つの可能性だとしても、賭けるしかない。 『ルナが自我を保てなくなるぞ』 「……分かってる」 『メインシステムも完全に復旧させるのは困難となる。それも承知の上だな？』 「もちろん」 『―――電気系統を全てシャットダウン』 　オークの声が響いた。 　ウルフは扉に拳を当て眸を閉じる。 「……許せよ、ルナ」 　微かに呟く。 　メインシステムの復旧には時間がかかるだろう。 　自我を喪ったルナは眠りにつく。キイ・ブレインであるルナの眠りとは、すなわちルナティスが丸裸になることを意味する。 　この海賊船は完全に防御力を欠く。 　ウルフとしても喜んで取れる選択肢ではない。けれど迷っている時間も残されてはいなかった。 「ルナ、必ず目覚めさせてやるから」 　照明の全てが唐突に消え失せ、通路は急激な暗闇に呑みこまれた。