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Ⅰ
まだ咲いていない花の蕾を僕は大好きな彼から貰った。
目を合わせて話すのも恥ずかしくて出来ない程大好きで、大人な彼に憧れながらも追いつけない距離がもどかしくて、溢れ出した思いを彼に向けて伝えると、罰が悪そうな顔をして「ごめんなさい」の言葉と一輪の花の蕾を渡された。
初めて彼から貰った贈り物は、見るたびに失恋を思い出す苦い物になった。
須藤葵斗(すどうあおと)。現在高校三年生。
平凡な毎日を過ごし、これと言って趣味も興味があることも無い。以前は写真が大好きな兄さんの手伝いでモデル代わりになってと頼まれれば付き合い、撮影してもらったりと、それなりに楽しんでいたけれど写真で飯食えるぐらいのプロになるからと言って兄さんが家を出て、会う回数もそんな楽しみもすっかり減ってしまった。まだ学生の僕の事を心配して、電話は良く掛けてくれるけど、小さい頃からべったりくっついていたからか、家に居ないのはやっぱり寂しい。
「兄さん。最近楽しそうだね」
『んー?そうか?』
「なんかねー、声が明るくなった気がする。上手くいってるんだね」
何がとは言わない。
『まぁ……ぼちぼちかな。葵斗は最近どうだ?』
一時期何か悩んでいる様子だった兄さんだけど、声のトーンに変化があり、ほんの少し明るくなって今の仕事が軌道に乗っている……、というよりも大切な人が出来た雰囲気を感じた。今まで女っ気も無く、恋愛感情の上で付き合うなんて事に無縁だった兄さんだから僕は嬉しくてニヤニヤしてしまう。
これがただの電話で良かった。ニヤけているのバレたら怒られちゃう。と上がる口角は止まらず、会話を続ける。
「僕は……何も変わらないよ。学校行って、帰ってきて寝て、の繰り返し」
『そっ、か』
会話が途切れ、無音の時間が続く。
兄さんは僕のことを心配している。友達という友達も作らず、兄さんの後ろにベッタリくっついて遊んでいた僕に何か刺激を与えようとしてくれてるのを電話が掛かる度、何時も感じていた。
『葵斗……学校の近くにさ。家と真逆の方向なんだけどお洒落な穴場のスポットがあるんだよ』
「へぇ。どんなとこ?」
『カフェなんだけどな。見た目はボロボロの家なのに中がいい感じでさ、今もあるか分かんねぇんだけど……。今度行ってみな?葵斗の好きな雰囲気だと思う』
兄さんとの電話が終われば、すぐに写真付きのメッセージが届いた。
『ここ』
丁寧に住所を添えて、送られた写真のファイルを開けば確かにボロボロの一軒家でカフェには到底見えない店構えの外見だった。その兄さんの撮ったであろう写真を久しぶりに見た僕は、例えボロボロの家でも心躍った。
「ありがとう。っと」
返事をして、明日の放課後直ぐにでも行ってみようと、画像を保存してベッドに横になる。
喧嘩なんてしたことが無い穏やかで平和主義な僕ら兄弟は、こうして近況を電話で伝えることで、離れ離れでも心の支えや拠り所にしていたりする。
「兄さんが幸せそうで良かった」
もう使われていない二段ベッドの上段を見上げ、僕は兄さんの顔を思い浮かべながら、目を閉じ眠りについた。
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