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第22話
家に二人で戻ってきたはいいものの、さてどうするか、と迷っている煌の手を引いて、海広が右にある自分の部屋『1』に引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと」
「今日はうちにしよう。煌先生んち、準備ないでしょ」
「準備って?」
「潤滑剤的な何か」
「さっきまでのしおらしさはどうしたの?」
「だってようやく実感してきたら、後やりたいことは一つだもん」
閉められた扉の裏で、軽く口付けられた。
「うわーまじで? これ全部俺のもの?」
「って決まったわけじゃないよ」
確かめるような口ぶりが可愛くて、ちょっと意地悪な気持ちが覗いてしまう。
「えっそうなの? じゃあ改めて言うね。好きです、俺のものになってください」
「しょうがないな」
もうこっちに選択権などないことを知っているくせに、それでも海広はやったあ、と喜んでみせる。
ベッドに移ってから鳥のさえずりのようなキスが始まって、だんだんそれは深みへと誘う引き金になる。冷静にいようとすればするほど胸の鼓動が早くなった。今度は自らも応えるように舌を相手の口にも入れてみたら根っこを抜かれるように強く吸い上げられる。
押し倒されたらTシャツの中から肌を弄られ、目指す先がわかってしまうと途端に猛烈に恥ずかしくて服の上からその手を抑える。世の中の大半の人間がこの羞恥を乗り越えてことに及ぶのかと思うと信じられない。
「あの、ちょっとやっぱり今日は」
「怖気付くの早いなー。まだ触ってもいないよ」
と茶化すが止めるとは言ってくれない。
「そんなのしょうがない、本当の本当に初めてなんだから」
「ほんと、まじでレアキャラだよね」
「うるさいな」
「わかったわかった、ゆっくりやるから」
あやすキスを繰り返され、もしかして寝かせたい? と思い始めた頃からちょっとずつ口付ける位置がずれてくる。右頬、右耳、首筋。徐々に降りてきた舌が鎖骨をなぞった。
「…あ」
『くすぐったい』にざらっと混じる何か。その衝動のありかを煌の中で探すように、海広は舌を這わせる。その動きに集中していて、今度は服をたくし上げられていたことに気づかなかった。月明かりに照らされた貧相な胸が露わになる。
「かわいい」
羞恥に耐えかね、叫んで自分の部屋に駆け込みたい気持ちでいっぱいだったが、あまりに海広のつぶやきが愛おしげだったので、ぐっとこらえ月光を両手で遮るにとどまった。
そろそろと舌は突起をなぞり、周りを唇が捉える。
「…!」
「気持ちい?」
「わ、わかんない」
「だめ。ちゃんと確かめて」
煌の返答に不服だったようで、刺激が強くなる。
「…、や、やだ」
胸の刺激は続けられたままで、海広の片手は器用にデニムのボタンを外し、そして熱が集まっていた中心を捉えた。
「すごいね」
「な、何が」
「煌先生とこんなことになってるなんて」
「自分から、誘っておいて…」
「だって、煌先生って性欲とか全然なさそうに見えるもん。俺と同じの本当についてるのかなって、思うときあった」
そりゃあ男の子ですから、自分で処理する経験があるに決まっている。ただ実は、それはほとんど夢精という不快な生理現象を回避するために費やす一瞬の行為で、媒体や生身の人間に興奮を抱くようなことはなかった。
でも今は違う。自分に触れる海広の持つ体温にひたすら浮かされている。
「ちゃんと大きい。よかった」
柔らかく数回しごかれ、それだけでじんわりと滲んだ。身体があぶいていく。自分から出た粘着な体液を塗り込まれるように親指が根元まで伝わり、その一握りで果てた。
「あっ…」
この分野に関しては何のプライドもないが、一瞬で頂点を迎え、それを見届けられたことが恥ずかしくて枕で顔を覆った。
「だめ。イった顔、ちゃんと見せて」
信用しきっていたのに、意地悪な面を此の期に及んで見つけてしまい恨みがましく睨み上げた。そんな局面があるなんて、見てないし想定してない。
「ね、言ったでしょ。俺、別に優しくないよ」
ぐしゃぐしゃに煌の首元にまとわりついていた布と下半身を剥いで、自分もさっさと上半身裸になる。いつも思うが着痩せするタイプだ。シャツを脱ぐ姿はもう何度も見ているはずだが、改めて視界に映る、しなやかな稜線を描く筋肉にドキッとしてしまう。
海広が開けようとする三〇〇ミリボトルの透明な液体が詰まったボトルを実際に目にした瞬間、強く制した。
「やだ。前に誰かと使ったやつ、使いたくない」
煌が未経験であると同じくらい、多かれ少なかれ海広に経験があることは明白だったが、それでも過去が混じった要素を今だけは見たくない。
「大丈夫だよ、昨日新しく買っといたやつだから。ほら」
蓋についているテープを目の前にかざして見せる。胸のざわつきが収まると同時に思うことがある。
「それって、僕とこういうことするつもりがあったってこと?」
「勝算はなかったよ。だからそんなことがあったらいいなっていう願掛けと、もしくはいつ襲ってもいいように」
恐ろしいことをさらっと口にしたら、透明なのに水ではないものをすくい取って煌の再奥に触れる。嘘か本当かわからない狂気を打ち明ける声とは逆に、手付かずだった雪の絨毯にひっそりと足を一歩踏み入れるような恐る恐るの侵入。本当は海広も怖いのじゃないかと思いついたらちょっとだけホッとして、首筋に腕を回すことができた。
「わ…っ…」
一度限界を超えたものを弱くしごかれながらだったから、前に与えられる刺激のせいで指という異物がだんだん入り込む感覚に集中できない。再び欲望の塊が大きくなったときには、奥の疼きをすでに探り当てられていた。初めての感覚が全身を襲い、身震いする。
「ここ?」
「や、……」
海広の指の腹が中の疼きを引っ掻いたり、内側の壁を擦ったりするうちに自分の身体が開いていくのがわかった。
「煌せんせ、…もう、入れていい?」
返答する前に押し当てられた。海広の滾りは熱くて大きくて、それだけで心拍数が跳ね上がった。海広の高ぶりを身体で感じて、興奮した。
「俺の顔見てて。そしたら痛くないよ」
注射前の看護師のような口調がおかしくて、気が紛れた。 徐々に満たすものの違和感はあるが、本物の注射と違って痛みは感じなかった。
最後は煌から引き寄せて、海広の全部を閉じ込めた。
「わっ、大丈夫…?」
コクっと頷いて、動かされるのを覚悟で待っていると、海広にぎゅっと抱きしめられた。眉毛が困り顔で歪んでいる。
「ねえねえ」
「うん」
「名前で、読んでいい?」
守りたい、といつか感じた衝動がまた沸き起こる。こんなに可愛いのは反則だ、なんでも許してしまいそうになる。
ちょっと卑怯で、あんまり本当は優しくもなくて、意地悪で。けれども、それは友達や同僚という離れた距離では見つけられなかった海広の隠れた部分だったから、やっぱり嬉しいと感じた。こうやって一番近くで抱き合える自分の今いる位置が、海広にとって不特定多数ではないはずだから。
「いいよ」
「煌」
「うん」
「大好き」
「僕も。大好き」
浅く続く、平穏な波にも似た振動を、海広と味わう。時々その揺らぎが激しくなれば、深い海に沈むような感覚に陥った。音もなく静寂な深い世界に海広と二人だけで落ちていく、不思議な感覚だった。
「あ、…あ…」
スピードが徐々に早くなって、天井を虚ろに見上げた。自分の中に確かに組み込まれている本能的な欲をひたすらに追いかける。途中で何度も名前を呼ばれて、その声は随分前から思考が繋がらなくなった脳に届かずとも、ただ心の容器をひたすら満たしてくれた。
快楽が連れていくまだ踏み込んだことのない新しい場所。でも海広がちゃんと導いてくれるから怖くない。二人だけで二人しか知らない歓びを貪った。
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