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第21話
二度目に通る『めんそ〜れおきなわ』の看板。短い間に様々なことがあったなと妙にしんみりしながらゲートを抜けると初めて会ったときのように海広は煌の名前入り自由帳を掲げていた。
初めましてではなく、また会えたねの笑顔が眩しい。
「…ただいま」
「お帰りなさい」
「…ていうか、何それ」
ボードをよく見ると名前の上からピンクの蛍光ペンで画面いっぱいに大きくハートが書き足されていた。
「俺の気持ちを表現してみたよ」
ため息をついて海広から自由帳を受け取ると、ページを閉じる。
「わざわざダッシュボードから引っ張り出してきて?」
「うん。宣戦布告だから」
「なんの戦いなの」
「もちろん、恋のだよ。で、どうだった? 創一さんには会えた?」
「うん。なんか人格まるくなってた」
「いっぱい話した?」
「そんなには」
「うん」
茶色の瞳が先を促す。
「僕の、勘違いだったって。事故は本当に偶然だったって」
聞いてから、空港の高い天井に向かって海広は大きく安堵のため息を吐いた。
「よかった」
心底ホッとした表情を見せる。『ほらね、言ったでしょ』と返ってきそうな気がしていたから煌は内心で驚いた。ちょっとやそっとの海流などにはビクともしない大型客船のような海広にも感情の揺らぎがあるらしい。
「心配してくれてたの?」
「当たり前だよ!…でもそれよりめっちゃ怖かった。もう戻って来なかったらどうしようって」
「創一とくっついて?」
「そう。長年の恋が成就してやっぱり僕の居場所ここだったわーって。からの俺超部外者、名バイプレーヤーで花束もらって速やかにクランクアップ」
「創一に会ってこいって、言ったのは海広じゃん」
「言ったよ。だってこのままじゃ俺がどんだけアプローチしても、入り込む隙ねえなって思ったからね。もともとちっちゃい容器が更に過去の創一さんで表面張力になっちゃってたから、決着つけて一回その古い水空にして欲しくてさ」
「ちっちゃいって」
「絶望的に疎いって言ったほうがいい?」
「もっと悪い」
「だって本当のことだもん。とにかく、そしたら新しい創一さんにしても俺にしても入れる隙間ができるからさ。これでようやく位置についてかなって」
「反対に創一に会ったことで背中押しちゃってハッピーエンドで戻ってきたのかもよ?」
「それは、とりあえず顔見て話直接聞くまで考えないようにしてた。煌先生なのに、今日は察しがいいね。どうしたの」
「色々わかって成長したんだ」
「まさか、…マジでそうなって帰ってきたの?」
不安げにこっちの返答を伺っている。
入り込む隙がないと海広は言った。そうでもなかったんだけど、と訂正したかったがタイミングを逃してしまった。轍を作り、ぱんぱんだった表面張力の水を少しずつ流してれていた。そしてその分、煌は海広のパーツで満たされることができた。
「創一は、やっぱり僕の中で友達だった」
だから、多分相手が今一番聞きたいであろう言葉を選んだ。
「…本当に?」
「疑り深いね。そっちこそらしくないよ」
「だって、めちゃくちゃ穏やかな表情なんだもん。何を悟ったか恐ろしいじゃん」
その穏やかな表情を作っている原因が自分だとは到底思っていない疑わしい視線だったので、ちゃんと種明かしもする。
「だって、わかったから。海広のことが…好き」
「え? ええ?」
「だから、僕…海広のことが、好きなんだ」
「マジで?」
「何回言わせるの」
喜びよりも困惑した眉を作る。もしかしてもうお呼びでなかったのかな、と不安に駆られる。
「待っててくれるとも、言ったよね」
「言ったよ。言ったからさ、俺、さあこれからめちゃくちゃ本気で頑張って煌先生落とすぞって意気込んで迎えにきたのに。こんな簡単に叶っちゃっていいの?」
ホッとしたので、疑問に感じていたことをこの際聞いてみた。
「海広が好きな、僕のとこってどこ?」
「え、この一瞬で? ちょっと待って、えーっと、えーっと」
「チッチッチッチッ」
「なんで制限時間方式! あ、俺のこと半信半疑だけど頼ってくれるとこ、年上なのになんか抜けてるとこ、小心で臆病だけど生きるのに真剣なとこ」
早口に海広がまくし立てた。が、要所要所納得いかない。
「ちょっと待った、全然いい気がしないんだけど」
「だって難しいの。パッと言い表せない。煌先生は透明と不透明がいびつに合わさった人だから。ああ、でもそれも好きだ」
最後の感嘆詞がとても情意にあふれていたので、もうそれだけでいいかという気になった。
「じゃあ、合格」
「じゃあって何! 適当だな」
「適当じゃないよ」
手を伸ばし、煌から大きな男を抱擁した。公衆だからとか男同士だからなどの誰かが決めた世俗的なことわりは海広の熱を確かめない理由に少しもならなかった。あんなにかつて積極的だった男は抱きしめられて固まっている。
「ありがとう。僕をたくさん受け止めてくれて、海底から引き上げてくれて、ありがとう」
今はまだ、愛というには未熟すぎる感情だけれど、きっとそのうちわかる。煌の中にも組み込まれているはずの一番深いところにある感情。創一がしてみせた愛おしげな表情を、いつか自分もする日を想像する。腕の中でまだすくむ海広は、きっとその気持ちもいつか煌に教えてくれる気がした。根拠のない確信。
「煌先生、大好き」
ようやく長い腕が背中にそろそろ回ってきて、煌は額を肩に押し付けた。
その暖かさを、今は噛み締めてみる。
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