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第1話

 【1】  アオシは護衛業を生業としている。  相棒のナツカゲと二人で、子供を相手にした護衛業をしている。  富裕層や政府高官の子供、芸能界の売れっ子子役、両足に億の保険がかかっている未成年モデル、マフィアのボスの子供など、身辺に気を配る必要のある人物を護衛している。  時には、護衛を頼みたいが金銭的に余裕のない家庭や、保護責任者が病気などで身動きがとれない家庭の子供たちを学校まで送迎したりもする。このほか、未成年に対する犯罪が多発している地区の子供の護衛をしたり、親に問題がある子供の一時保護をしたり、支援団体や行政からの委託を受けて慈善事業のようなこともしていた。  護衛対象に子供が多いのは、何年か仕事を続けるにつれ、「あの二人組は子供の扱いが上手いし、子供相手でも手を抜かずにしっかり仕事をこなすし、護衛対象者に接する時のノウハウをよく弁えている」という評判が広まって、子供を守りたい大人たちや時にはマフィアのボスからも、「娘、息子の身辺を守ってくれ」と依頼がくるようになったからだ。  アオシたちへの依頼は、短期の依頼が多い。  子供が夏休みの間、親が仕事で留守にする一週間、保護責任者が入院する半月間、マフィア間の抗争が沈静化するまで、ストーカー被害が片づくまで、今期のファッションショーの契約満了まで……、その程度だ。  長期の場合は、私設の護衛団を形成するよう進言したり、長期専門の警備会社を紹介したりする。長期間ともなると、アオシとナツカゲのように、二人で細々とやっている会社では人手が足りないし、カバーできない面も出てくるし、守りきれないからだ。  獣人と、人外と、人間が共存するのがこの世界だ。それぞれに専門分野や対処方法がある。 この世界では、希少種や珍しい生き物というだけで、大人の悪意の対象になる。すべての子供を警察がつきっきりで守ってくれるわけではないから、この職業はわりと商売になっていた。  子供は絶対的に守られるべき存在だ。  大人には子供を守る力があるのだから、それを発揮するのは当然のことだ。  この仕事を始めるにあたり、救急法に関連する資格や児童を扱う各種資格を取得したし、いまも継続して勉強している。いまのところ、護衛業でそれらが役に立つ機会は少ないけれど、いざ必要に迫られた時に対処が分からなくてなにもできないのはいやだった。  アオシは、子供を守るこの仕事にそれなりの誇りを持って取り組んでいた。  今夜も、アオシとナツカゲは仕事に出ていた。  人手が足りないとかで、急遽、得意先から声がかかって、いつもとは毛色の異なる護衛業に充当していた。  割の良い仕事だ。運び屋が荷物を運ぶので、アオシとナツカゲはその運び屋を目的地まで護衛する。それだけで、かなりの金額が手に入る。  アオシとナツカゲは、合流場所で運び屋の到着を待っていた。  二人は特に会話するでもなく、ナツカゲは上着に隠した銃に片手を添えたまま待機していて、アオシは車に凭れかかって携帯電話で時間を確認していた。  手持ち無沙汰で会話がないというわけではない。もともと、アオシとナツカゲは一緒に仕事こそしているが、仕事以外ではあまり話をしない、そんな関係だった。  定刻どおりに運び屋が姿を現した。  その運び屋の雰囲気から、キナ臭さを感じた。  運び屋は、小さめのキャリーケースを提げ持っている。大人の男が片手で持ち運べるくらいのものだから、現金か貴金属、曰くつきの武器か、爆弾の材料……、中身はそんなところだろう。  もっとも、その運び屋が荷物の中身を知っているかどうかは分からない。 アオシとナツカゲも、得意先からの下請けでこの業務を請け負っただけだから、荷物の中身を知らされていないし、知るつもりもない。今回は得意先に頼み込まれて引き受けたが、基本的に、その得意先も、アオシとナツカゲも、そういう後ろ暗い世界からは一歩足を引いていたので、どこか引っかかりを覚えた。 「アンタらが護衛か?」  事前にアオシとナツカゲの容姿を伝え聞いていたらしく、運び屋は淀みなく声をかけてきた。 「目的地は?」 「旧ルペルクス邸」  ナツカゲの問いに、運び屋は短く答える。  旧ルペルクス邸は、旧市街地の一等地にある古い屋敷だ。  会話も少なく、三人は車に向かう。  車は、アオシたちが仕事用に使っている車だ。  アオシはさりげなく車の後方へ回り、トランクから工具箱を取り出してナンバープレートを偽装用に変更する。本格的な物ではないが、簡単に、手早く、本物のナンバープレートの上にかぶせられる。  運び屋の様子があまりにも胡散臭いので、なんとなく用心でそうした。完全に勘だ。アオシのその行動にナツカゲはなにも言わなかったが、ナツカゲもそうすべきだと思ったようで、お互いに目線で頷き合った。  運び屋が、キャリーケースを後部座席の床に置いた。  アオシは運び屋の背後に回り、車に乗り込むまでの動きを観察する。  その時、視界の端でキャリーケースが動いた。床に置いた拍子にぐらついたのではなく、誰も触っていないキャリーケースが独りでに動いたのだ。  アオシがじっとそれを注視していると、また、動く。  続けて、なにかを叩くような、くぐもった音も聞こえた。  運び屋は荷物を置くなり携帯電話を見始めたので、それに気づいていない。 「…………」  人が入っているかもしれない。アオシはすぐさまそう考えた。  小さめのキャリーケースだ。もし、ここに人が入っているなら、子供だ。  それも、小さな子供だ。  アオシの仕事は、子供を守ることだ。  それを専門にしているのに、子供が犯罪に巻き込まれるのは許せない。  アオシはキャリーケースを掴んで車外に出し、靴下止めに忍ばせているナイフを抜き、電子ロックを物理的に破壊した。 「ナツカゲさん、これ開けて」  運転席のドア前にいたナツカゲに、キャリーを開けるよう頼む。 壊した電子ロック部分をとっかかりにすれば、ナツカゲなら力業で開けられる。 「おい、お前らなにしてんだ!?」  運び屋が慌てて車から降りた。  それとほぼ同時に、ナツカゲがキャリーを抉じ開ける。  途端に、尻尾が、蛇のようにひょろっと出てきた。  虎の尻尾だ。白のふわふわに、青白い灰色の縞がうっすらと入っている。尻尾はまだ短くて、まるまるとやわらかそうだ。ひよこの産毛のようで、ぽわぽわしている。  その尻尾は、人間の子供の尻にくっついていた。 「……子供の獣人……混血?」

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