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第2話
その虎の子は、耳と尻尾だけが虎で、顔や体、手足は人間の子供だった。
キャリーケースから顔を出したその子供は状況が把握できないらしく、不思議な風合いをした瞳で、アオシとナツカゲを見るともなしに見つめている。見つめてこそいるが、その瞳には、不安の色と、いまにも零れ落ちそうな涙があった。
アオシから見る限り、四つか五つだろうか……。五つにしては幼すぎる気もするが、獣人や人外は見た目の年齢と実際の年齢が比例しないので、判断が難しい。
「おい、元に戻せ! なにしてくれてんだよ!」
「こっちのセリフだ! アンタ、ガキ攫ってきたのか!?」
アオシは、運び屋の恫喝に恫喝で返す。
「知るかよ! 俺はコレ運ぶだけで中身まで知らねぇよ!」
「はぁ!? ……っざけんな! この仕事はここで終わりだ!」
「終わるわけねぇだろうが! 俺はこの報酬がないと困るんだよ!」
「ガキ不幸にして儲けてんじゃねぇよ!」
アオシと運び屋が怒鳴り合う。
そうする間に、ナツカゲが子供へ向けて、「どうやってここに来たか覚えてるか? 家族はいるか?」と尋ねる。子供は、「わかんない……おとうさんとパパとおにいちゃんはどこ?」と、きょろきょろ、家族を探している。
「ほら見ろ! 誘拐だろうが!」
子供の様子から、アオシは犯罪の匂いを嗅ぎ取る。
「だから! 知るかよ! 俺はこのガキを運ぶのが仕事であって、それが誘拐だろうがなんだろうが、どうでもいいんだよ!」
「どうでもよくねぇだろうが! ……っんなこと、俺が許さない!」
「お前が許すも許さねぇも関係ねぇよ! 仕事なんだよ! これを届けなかったら、こっちは契約違反だし、信用問題にかかわるんだよ!」
「そんなもん子供の安全に比べたらクソだろうが! 俺らの商売はガキで金儲けするんじゃなくて、守るほうが専門なんだよ!」
「おい、お前もなんとか言えよ! お前の相棒おかしいぞ!!」
運び屋は、子供と話すナツカゲに話を振った。
「確かに。この子供を目的地へ届けなかった場合、契約違反になるな。しかも、このまま俺たちがこの子を保護したなら、依頼主から俺たちがこの子供を横取りしたことにもなる。……まぁ、そうなると、報復があるだろうなぁ……」
まるで他人事のように、のんびり、鷹揚に、ナツカゲが冷静に事実を述べる。
「ほら見ろ若造! お前の相方はお前の言ってることがどれだけ馬鹿げてんのか分かってんぞ!」
「ナツカゲさん!」
運び屋とアオシが同時にナツカゲを見る。
「だがまぁ、俺はその若造のほうの相方なんでな。相方が子供で金は稼ぎたくないってんなら、俺はそれに付き合うのが信条だ」
「っしゃ!」
ほらみろ、とアオシは運び屋を見やる。
ナツカゲは、いつも、アオシの望むことを絶対に肯定して、協力してくれる。今日も、なんだかんだで、「しょうがねぇな」と肩で息を吐き、この胸糞悪い悪事を放棄して、子供を救うほうを選んでくれた。
「そういうわけで、運び屋、ここはひとつ引いてくれるか?」
ナツカゲは上着の下の拳銃をちらつかせ、アオシに子供を抱かせて背後に庇う。
ナツカゲは狼の獣人で、運び屋は純粋な人間だ。
狼獣人のなかでも飛び抜けて図体の立派なナツカゲが運び屋の前に立ちはだかると、その身長差は五十センチ以上となり、体の厚みも、強靱さも、腕力も、すべて、ナツカゲが優位に立つことになる。
「俺は無関係だからな!?」
運び屋は撤退を決めたようで、「依頼主に報告するからな! クソ野郎が!」と吐き捨て、走り去った。
「うっせぇばーか!」
低レベルなセリフを言い返し、アオシは中指を立てる。
それからナツカゲに向き直り、「そういうわけで、助けます」と宣言する。
「かなり厄介だぞ」
ナツカゲは、虎の子の見た目から、なにか察するところがあったらしい。
「一人でもやります」
「分かった。お前の望むがままに」
「ありがとうございます」
アオシはぶっきらぼうな口調で礼を述べ、虎の子に向き直った。
虎の子は、ナツカゲの狼尻尾をぎゅっと握りしめて、「おとうさん、ぱぱ、どこ……」と、しくしく泣いている。
「お前の親は俺が見つけてやる」
アオシは虎の子の目線に跪き、涙でうるむ瞳を見つめて、そう約束した。
子供は無条件で大人に庇護されるものだ。
アオシは、そういう信念に基づいてこの仕事をしている。
なにがあろうと、自分で自分の身を守る術のない子供が誰かに傷つけられることがあってはならない。たとえ、加害者が、その子にとっての親であろうと、親類であろうと、子供同士であろうと、大人であろうと、他人であろうと……。
子供は守られるべきなのだ。
アオシは、己の信条に忠実に、目の前のこの子を守ると決めた。
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