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変わらないもの
お題:『踏切』
◇
二次会のカラオケは、ぎりぎり日付が変わる前に終わった。
時間も時間なためここでほとんどの奴は帰り、懐かしさブーストがかかってまだまだ元気な奴らは飲み屋へと流れていく。
俺は……いや、『俺たち』は、前者だ。
「じゃーなー!」とか「またねー」とか後ろからかかる友達の声に、俺は片手を挙げて返事をした。
駅前立地の此処は深夜でも普通に賑やかだ。
終電を迎えていないので電車を利用する人たちがたくさん駅から出たり入ったりしている。俺はそんな人混みを横目に、線路脇の道へと歩を進める。
大体の人たちは大通りの方角に流れるのでこっちには通行人がほとんどいない。
後ろの喧騒をBGMに、俺と高坂 の二人は静かな夜道をのんびり歩いていた。
「はははっ、宮永 ~!飲んだか!?」
「おー。飲んだ飲んだ」
「今何時だー!」
「じゅーにじ」
「そっかー!」
「高坂ちょっとうるせえぞ」
「あはははっ!構うな構うなー!」
何が面白いのか大声で笑い転げる高坂はすっかり出来上がっているようだ。
相当飲んでいたがこうしてしっかり歩けているし、だらしなく潰れないあたり結構酒に強いのかもしれない。
営業の仕事って言ってたし接待で強くなったのかもなあ。
力強く肩を組んでくるあたり、ちゃんと酔ってはいるみたいだが。
中学時代の同窓会はなかなか盛り上がった。
開催は二度目だが、今回初めて参加した懐かしい友達がいたり担任の先生まで来てくれるしで、元々仲の良いクラスだったっていうのもあるが終始和気藹々としていた。
高坂に会うのは10年ぶりだった。
25歳の高坂は、15歳の高坂と大きく変わっていた。
同じくらいだった身長には大きく差が出来ていた。野球部でスポーツ刈りだった髪型はお洒落な栗色に染めていて、伸ばした毛先は跳ねている。汚れた作業着で汗だくに力仕事をする自分とは真逆に、オフィスでスーツを着こなしパソコンを叩いている様が目に浮かんだ。
県外の私立高校を受験し、そのまま東京の大学へ行ってどこかで就職した高坂。
最初こそ連絡を取っていたがそれは徐々に無くなった。
SNSで近況は知っていたが絡むわけでもなく。……俺はほっとしていた。
――俺と高坂の関係は、客観的にも主観的も『中学時代の同級生』に落ち着いた。
◇
吹き抜ける風は、涼しかった。
ふと気付くと、もうすぐ家というところまで来ていた。
「……んおー!?宮永あ、何これ!」
「え?ああ、高坂知らなかった?地下道だよ。出来たのもう3年くらい前かなあ」
高坂は物珍しそうに地下道を見上げ、壁やら看板やらをべたべた触っている。
もう俺の日常にすっかり馴染んでしまったものにこうも新鮮に驚かれると変な感覚だ。
「向こうにあった踏切、人通りあるわりに開かずだったじゃん。それで人がくぐるようになっていい加減危ないからって撤去したんだよ」
「じゃああの踏切もう無いの!?」
「……無いよ」
俺の言葉に高坂が「踏切を見たい」と言うので、一緒にそこまで歩いた。ほんの10メートル先にかつての踏切の跡地がある。
辿り着いた場所で俺はなぜか溜息が出た。
ぱっと見、ここに踏切があっただなんてもうわからなかった。
それらしいものはもう何も残っていない。
遮断機なんかとっくに取り払われて今同じ場所にあるのは柵だ。線路を横切っていたコンクリートは敷石に取り替えられたし、向こう側の道だった場所には民家が建っている。
周りと比べて地面に若干草が生えていない気もするが、気のせいと言われればそんなレベル。
あと数年経てば完全に線路の一部に紛れるだろう。
「やべえ、まじで無いな」
「でしょ」
「俺あの踏切結構好きだったんだけどなあ」
「……俺も、嫌いじゃなかったよ」
「まじ?へへ。俺ら変わってんなー」
顔も見ずに言葉を交わす。
懐かしい昔話。すごく同級生らしい光景だろう。
中学生のときだ。
高坂と一緒に下校するとき、いつもこの踏切を渡っていた。
俺の家はこの踏切を渡ってすぐの道を曲がるから、ここは高坂と最後に別れる場所だった。
踏切は10分くらい開かないときもあれば2分足らずで開くときもある。踏切が開くまで、高坂と喋って時間を潰していた。
高坂と並んで、他愛もないことを喋って過ごしたあの短い時間を、俺は日々楽しみにしていた。
「俺なあ。宮永となー、帰るときここで駄弁ったの好きだったんだ」
「……俺もだよ」
「でももう無いのかあ。この町も変わっちゃうんだなあ」
「……そうだね」
――高坂が、好きだったから。
けれど青い想いを抱えたあの日はもうやってこない。
高坂は変わり、この場所も変わった。変わってしまったら元には戻れない。
しかし俺は様変わりした踏切を、もうきちんと受け入れている。目に見える物理的な変化は俺には優しいものだった。
だから高坂のことは。もう……。
「なあ。宮永は、……変わってない?」
「はあ……?」
「俺さー、全然変わってないんだ」
「そうは見えないぜ」
「んー……。だって宮永のこと……。まだ好きなんだ」
「……え?」
「っ、ごめん」
高坂が、その場から駆け出す。
高坂は「俺は変わってない」と言った。
つまり、お前の記憶の中に踏切と俺は居続けているのか。お前も同じ想いを抱えていたとでもいうのか。
俺は、あの感情を忘れなくていいのだろうか。
……つか、ちょっと待てよ。ごめんってなんだ。
何勝手に終わらせようとしてんだ。
「高坂!」
だってまだ何も始まっていない。
俺は地面を強く蹴飛ばして、高坂を追いかけた。
ー了ー
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