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第1話

 第一章 運命の始まり  やわらかなランプの明かりが、部屋のベッドサイドで揺れていた。蔦を模ったクリーム色のダマスク柄の壁が、そのランプに照らされている。真っ白な猫足のスツールがベッド脇に置かれ、その上で膝立ちになっているテオハルト・ウォーリナーは母の手をしっかりと握っていた。 「かあさま、だいじょぶ? もう、おきゆ?」  テオの大きな黒い瞳は同じ色の長い睫がくっきりと縁取り、心配の色を滲ませている。小さな手は母の手を撫でていた。  美しい金髪に青い瞳の女性、テオの母親マリアナ・ウォーリナーはベッドで横になっている。細面の顔は頬がこけ色白を通り越して血の気がないように見えた。ランプのオレンジ色の光が多少は顔色をよく見せているが、明らかに健康体ではないのが見て取れる。 「まだ小さいのに、テオは母さまを心配してくれるのね。ありがとう」 「いしょ、ねゆ?」  テオは母のベッドに入りたくて仕方がなかった。いつもは自分の部屋で眠るのだが、今日は母の体調がよくないと知っている。だから不安と心配で離れたくなかったのだ。 「いいわよ。ほら、ここにおいで」  母が毛布をめくって入るように促してくれる。母のぬくもりの残るベッドへ潜り込むと安心できた。テオの背中を、やさしく一定のリズムでトントンと撫でてくれる。テオはそれが大好きだった。 「いい? テオ。あなたはあなたを愛してくれる人を大事にするのよ? もちろん自分自身のことも」 「あい?」  まだ三歳のテオには、母の言葉の全てを理解するのは難しい。けれど、とても大切なことを言われている、とそんな雰囲気だけは読み取れた。 「そうよ。愛というのはなによりも強いの。テオも母の愛をいっぱい受けて大きくなったのだから」  丸く小さなテオの頭を撫でながら、母がやさしい声で話してくれた。鼓膜にやわらかく響く母の声は、安心できて心が満たされる。テオは心地よく暖かいベッドの中でウトウトし始めた。なにも心配することはなく、ただただ幸せの中にいる。いつまでもそんな時間が続き、母はテオの傍にいてくれると思っていた。また元気になれば、また一緒に遊んでもらえるはずだ。テオはそれを願い、そうなると信じて疑わなかった。  テオの世界は、リカドールにあるラニステル城の母がいる場所が全てだった。愛に満ちあふれたこの場所が好きで、父と兄、さらに様々な使用人がいつもテオに笑顔を向けてくれた。幸せな記憶は今もテオの中にある。これまでも今も、そしてこれからも変わらず幸福に包まれて生きていくのだ。

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