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奴隷の少年(ルイ・スペンサー視点)8

 私は、叫びながらリジーに向かって突進した。  声が聞こえないというなら、体当たりでも良いから止めるしかない。  「うぉおおお!」  大声を上げ、肩口から突っ込んで行った私の迫力に気が付き、ぶつかる寸前。  リジーは、目の前で命を惜しんで泣き叫ぶ人間と、それを庇って飛び出したラオ・リハクをまとめて蹴り転がし、私の突進をひらり、と身をかわして呟いた。 「ねぇ、怪獣退治はコレで終わり? 弱っちくて話にならねぇよ」  つまらなそうなリジーの姿に、終わらない狂気を感じて背筋が寒くなった。 「リジー?」  恐る恐る声をかけると、リジーは、ちらり、と舌舐めずりをして……囁くように言った。 「そうだ、俺、ルイとも戦ってみたい、と思ったんだよ。  ルイは、この世界で一番強い剣士……剣聖なんだよね?  あんたが何レベルか、俺がはかってやろうか……いいや、もしかしたら、命のやりとり、俺とあんたのどっちかが死ぬまで、一緒にやってみない?」  レベル?  リジーが何を言っているのか判らない。  世界で一番の剣士?  確かに、そうありたいと思って日々研鑽を重ねてはいるが!  ディーン王国では一番の剣の上手『剣聖』の称号を得てはいるが、世界は広い。  もっと広い目で見れば、私より強い男は、もっといるだろう。  おそらく、この目の前にいるリジーだってその一人に違いなかった。  リジーが何を言っているのか判らずに、私は、思わず眉をひそめて呟いていた。 「リジー?」 「その名前は、嫌いだよっ!!」  今まで散々呼ばれていた名がそんなにも気にくわなかったのか。  私の突進を避け、身をかわした距離を戻るように、一気に間合いを詰めて来る。  そして、手に長剣を私に向かって、振り降ろし……!  ガキンッ!  私が何とかリジーの剣を受け止めることが出来たのは、奇跡だ。  リジーを傷つける気が無かったから、自分の剣の鞘も払わずに、そのまま受け止めたのが良かったようだった。  リジーの剣は、私の剣の鞘を中に治まった刃まで切り裂き、そのまま食いこんで抜けなくなった。  私の剣と、リジーの剣が十字型に重なってびくともしなくなった時点で、後は単純に力比べだ。  そのままの体勢で少年の名前を呼ぼうとして、そういえば、まだ彼の本当の名前を聞いていないことに気がついた。  銀髪男がそうしていたように、リジーと、そう呼びかけられるのは、嫌いらしい。  この、男娼と言うよりは、血に狂った戦士の少年に、何と呼びかけたらいいのだろう?  刃を交え、迷っているうちに、私の方が先に呼び掛けられた。 「団長! 大丈夫ですか!?」  ラオだ。  今まで聞いたことが無いほど、緊張した声を出している。  私の右腕として、長い間一緒にいたから、ラオは知っていた。  今まで、私に敵対して来たものは、ほとんど秒殺で終わる事を。  なのに、たかがか細い奴隷少年相手の戦闘に時間をかけているのが、よほど不安だったらしい。  リジーに蹴り転がされた体勢を立て直し、私に向かって大きく安否を問うラオの声に、黒い狂気が反応した。  鞘ごと、中に納まっている剣を叩き切り、さらに私自身をも真二つにしようとしていたリジーの重みのある攻撃が、急に軽くなる。  一番派手に動いて大声を出したラオにリジーの興味が移ったのだ。  ラオとリジーが戦って無事で終わるとは、ちっっとも思えなかった。  多分、ラオが瞬殺で負ける。  血を流して倒れるラオの映像が見えた気がして、私は必死に叫んだ。 「おい、待て! お前の相手は、私だ!!」  そのまま身を翻して、ラオの方に向かいかけたリジーから無理やり剣を奪い、後ろから羽交い絞めにして叫んだ。 「ラオ! お前はディザ・ブルーに指示を仰ぎ、乗客乗員を全員連れて、本船より退避。急げ!」 「団長は、どうするんです!?」 「私は今日の獲物の大神官逃がして、兄上から大目玉を食らうのが確実だからな。  せめてもの慰みに、ちょっとばかり、少年(こいつ)と遊んでから戻る。  一緒に残る、なんて野暮な事を言うなよな。  少年は、私の……、私だけのモノだ!」  

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