23 / 23
奴隷の少年(ルイ・スペンサー視点)8
私は、叫びながらリジーに向かって突進した。
声が聞こえないというなら、体当たりでも良いから止めるしかない。
「うぉおおお!」
大声を上げ、肩口から突っ込んで行った私の迫力に気が付き、ぶつかる寸前。
リジーは、目の前で命を惜しんで泣き叫ぶ人間と、それを庇って飛び出したラオ・リハクをまとめて蹴り転がし、私の突進をひらり、と身をかわして呟いた。
「ねぇ、怪獣退治はコレで終わり? 弱っちくて話にならねぇよ」
つまらなそうなリジーの姿に、終わらない狂気を感じて背筋が寒くなった。
「リジー?」
恐る恐る声をかけると、リジーは、ちらり、と舌舐めずりをして……囁くように言った。
「そうだ、俺、ルイとも戦ってみたい、と思ったんだよ。
ルイは、この世界で一番強い剣士……剣聖なんだよね?
あんたが何レベルか、俺がはかってやろうか……いいや、もしかしたら、命のやりとり、俺とあんたのどっちかが死ぬまで、一緒にやってみない?」
レベル?
リジーが何を言っているのか判らない。
世界で一番の剣士?
確かに、そうありたいと思って日々研鑽を重ねてはいるが!
ディーン王国では一番の剣の上手『剣聖』の称号を得てはいるが、世界は広い。
もっと広い目で見れば、私より強い男は、もっといるだろう。
おそらく、この目の前にいるリジーだってその一人に違いなかった。
リジーが何を言っているのか判らずに、私は、思わず眉をひそめて呟いていた。
「リジー?」
「その名前は、嫌いだよっ!!」
今まで散々呼ばれていた名がそんなにも気にくわなかったのか。
私の突進を避け、身をかわした距離を戻るように、一気に間合いを詰めて来る。
そして、手に長剣を私に向かって、振り降ろし……!
ガキンッ!
私が何とかリジーの剣を受け止めることが出来たのは、奇跡だ。
リジーを傷つける気が無かったから、自分の剣の鞘も払わずに、そのまま受け止めたのが良かったようだった。
リジーの剣は、私の剣の鞘を中に治まった刃まで切り裂き、そのまま食いこんで抜けなくなった。
私の剣と、リジーの剣が十字型に重なってびくともしなくなった時点で、後は単純に力比べだ。
そのままの体勢で少年の名前を呼ぼうとして、そういえば、まだ彼の本当の名前を聞いていないことに気がついた。
銀髪男がそうしていたように、リジーと、そう呼びかけられるのは、嫌いらしい。
この、男娼と言うよりは、血に狂った戦士の少年に、何と呼びかけたらいいのだろう?
刃を交え、迷っているうちに、私の方が先に呼び掛けられた。
「団長! 大丈夫ですか!?」
ラオだ。
今まで聞いたことが無いほど、緊張した声を出している。
私の右腕として、長い間一緒にいたから、ラオは知っていた。
今まで、私に敵対して来たものは、ほとんど秒殺で終わる事を。
なのに、たかがか細い奴隷少年相手の戦闘に時間をかけているのが、よほど不安だったらしい。
リジーに蹴り転がされた体勢を立て直し、私に向かって大きく安否を問うラオの声に、黒い狂気が反応した。
鞘ごと、中に納まっている剣を叩き切り、さらに私自身をも真二つにしようとしていたリジーの重みのある攻撃が、急に軽くなる。
一番派手に動いて大声を出したラオにリジーの興味が移ったのだ。
ラオとリジーが戦って無事で終わるとは、ちっっとも思えなかった。
多分、ラオが瞬殺で負ける。
血を流して倒れるラオの映像が見えた気がして、私は必死に叫んだ。
「おい、待て! お前の相手は、私だ!!」
そのまま身を翻して、ラオの方に向かいかけたリジーから無理やり剣を奪い、後ろから羽交い絞めにして叫んだ。
「ラオ! お前はディザ・ブルーに指示を仰ぎ、乗客乗員を全員連れて、本船より退避。急げ!」
「団長は、どうするんです!?」
「私は今日の獲物の大神官逃がして、兄上から大目玉を食らうのが確実だからな。
せめてもの慰みに、ちょっとばかり、少年 と遊んでから戻る。
一緒に残る、なんて野暮な事を言うなよな。
少年は、私の……、私だけのモノだ!」
ともだちにシェアしよう!