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奴隷の少年(ルイ・スペンサー視点)7

 刺されば混乱を招く、ウニの棘が(かす)ったのだろうか? 「これから、狂う」と、自ら宣言した少年が、変わる。  私の腕の中で、ふっ……と、眠るように閉じた少年が、すぐに再び目を開いた時、中身が、一変した。  抱きしめかけた私の手を振り払うと、獣のような雄叫びを上げたのだ。  そして、大神官が逃げた暗闇の通路ではなく、大勢の人間と化け物が騒ぐ、大広間に向かって駆けだしてゆく。 「リジー!?」  叫ぶ私の声は、全く届いていない!  見た目は細く、儚げな姿はそのままに、美しく危険な黒ヒョウのような、その背を追おうとして、一瞬止まる。  大神官が逃げる!  少年の向かう真逆の方向に向かって、諸悪の根源が、今まさに逃げようとしていた。  このエロ大神官を逮捕するために、私は船に乗り込んだのだ。  自国の皇帝から罪人認定されたとはいえ、無駄に身分が高く、支持者も多い。  今、この時、この私が捕まえないと、厄介なことは、判っていた。  何より大神官捕縛は敬愛する兄王の命令だ。  命に代えても必ず、成し遂げなければならない事だったのに。  けれども、私の目は無様に闇に消えて行った大神官ではなく、ウニの怪物(シーアーチャー)に向かって突っ込んでゆく少年の方を捕らえて放さなかった。  なぜなら……なぜなら。  素裸の上に、私のマントを着て、愛用の長剣を振るう少年の姿は、あまりに美し過ぎたのだ。  例え、それが血に飢えた狂獣だったとしても。  うふふ……っ!  心底楽しそうに笑いながら繰り出すリジーの剣筋は、文字通り神がかっていた。  飛んで来るウニの棘を薙ぎ払い、簡単に本体まで近づくと無造作に切りつける。  すると『敵』は、ばばばっと体液で出来た大輪の花を咲かせて真っ二つになった。  それが、少年にとって、どんなに楽しいことなのか。  飛び散った体液を頭からかぶって、なお、新たな敵を求めてケラケラ笑って飛ぶように、駆けて次の獲物を探す。  どうやら、目の前に存在するモノで、一番派手に動くモノを追いかけ、捕まえ、引き裂くのがイイらしい。  今回のウニに限らず、怪物に刺されたり、噛まれたりして、一時的に狂うヤツは結構いる。  が、リジーの壊れた様子が余りに不安定で落ち付かない。  最初に出会った時から、この黒髪の少年の存在は衝撃的だった。  銀髪男に抱かれ、凌辱を受けている時はこれ以上なく艶めかしい少年。  男の精を奪って吸う花のような男娼だと思っていたのに、剣を取れば一流以上の戦士だ。  今は、派手に動く怪物に気を取られているが、彼の視界に丸腰、無力な人間が入ったなら、間違いなく死ぬ。  剣で見事に真二つになった怪物の運命を、人間がたどる事になる。  大神官を逃がし、将来的に奴隷の不幸になる人間の心配より、今まさに命にの危険にさらされてる人間の方が、優先度が高いはずで――――  ――嘘だ。  綺麗ごとは、よそう。  本音はただ単に、少年の狂気が怖かったんだ。  簡単に人を殺せるはずの力が、怖かった。  少年は、怪物を排除しても、止まらないだろう。  敵をすべて倒してなお、まだ足りない、と味方に向かって攻撃し始めたら……私は、彼を止められるのだろうか?  もし、このまま、怪物だけでなく、この船に乗船中の人間人を殺戮し始めたとしたら……!  狂った少年を止められる可能性があるのは、私だけだ。  しかも、手加減できるほど実力差があるわけもない。  ともすれば、少年の方が強いかもしれない以上『止める』ことは死闘、本気の殺し合いになることを意味する。  一刻も早く事態を収集しないと、私は、自分の手で少年を殺めないといけなくなるかもしれなかった。  なにしろ、ほら。  リジーにとっては、六体目。  残りは騎士団が何とか始末し、全部のウ二の怪物を倒し終わってなお、少年は戦いを辞めなかったのだ。  目の前で動くもの全てを殺す、という宣言通り。  ウニの体液でぬめった剣を、さっきまで同じ立場だった性奴隷の首に突き刺そうとしている。  私は、大神官の追跡を諦め、腹の底から叫んだ。 「リジー! やめろ! やめてくれ!!」  私にお前を傷つけさせないでくれ!

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