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奴隷の少年(ルイ・スペンサー視点)6
場所は奴隷部屋への入り口の丁度真反対にある大鏡だ。
今までリジーの醜態を余すことなく写していた鏡が少しずれた。
すると、一瞬、ぽっかりとした穴が口を開け……銀髪男 は、ためらいなくその穴に消えて行ったのだ。
「待て!」
私が気づいて、銀髪男の服を掴む寸前だった。
少しだけずれた鏡は、元に戻って穴は無くなってしまったのだ。
くそ!
ここで、帝国の大神官を逃がす訳には行かなかった。
ヤツが野放しになっている限り、不正な性奴隷売買が続くのだ。
身目麗しい女や若者。子どもに至るまで心ない男達の欲望の犠牲になる。
しかし、私の背後には、守るべき少年がいた。
今さっき、一瞬、見事な動作でウニの刺を払ったが、見た目と経験値があまりに違いすぎる。
アレは見間違いかもしれなかった。
そもそも、武器の一つもなく、丸腰の状態で化け物たちが、うようよしているこの場所に一人残していける訳もない!
だから……私はリジーを、最も信頼する男に預けるつもりで叫んだ。
「ディザ・ブルー! 黒髪の少年を頼む!」
大混乱の中、それでも私の声を聞き届けてくれたようだ。
ディザが、自分の武器を高く掲げて応えたのを確認して、少年の方を振り返って絶句する。
黒髪の少年の手には、見事な一振りの剣が握られていたのだ。
しかも、私が、黒髪の少年を守っているつもりだったのに。
いつの間にか背中合わせに戦っていたらしい。
その様子は、私の背を守って戦う一人前の戦士の動きだった。
なんて、こった!
そして、戦いのさなかでさえ、大神官が逃げる様子もきちんと見ていたらしい。
なんてこった、である。
私の要請でリジーを守るべく近づいたディザ・ブルーが行く手を阻むと、一撃で蹴り倒し、私たちの後を追う。
大神官が逃げるときに使った鏡のからくりにも気づき、既に触れていた私の手を払って、自分の手で開いた。
その途端。
パシッ! と軽い音がして、どこからか一本の針が飛んで来たのだ。
通路の暗闇にまぎれて飛ぶ、一本の銀の線が、リジーの右目に向かって放たれた……と気がついたのは、もうすでにリジーに針が刺さった後だった。
少年は、うわっと、と小さく呻いて、まるで吹き飛ぶように弧を描いて私に向かって倒れ込む。
「リジー!!」
目を、貫かれたかと思った。
あの、黒燿のように輝く綺麗な瞳が、潰されてしまったかと思った。
本来なら、私が開けるはずの大鏡のからくりで、私が受けるべき罠だったのに……!
関係無い、この少年に受けさせてしまった……!
「くそ! 私の身代わりに矢を受けるなんて……!」
私は、鏡の隠し通路から、広間の方に倒れ込んだリジーを助けるべく、抱え起こした。
目は? 目は無事か?
慌てて顔を確認し……今度は、私は深々と息を吐いた。
リジーに怪我は無かった。
横抱きにして、立ちあがる寸前だった私を制して『大丈夫だ』と自分の足で立ち上がる。
「ああ……悪……驚いたか? ちょっと大げさに避け過ぎた」
避けた! あのタイミングで? コイツはどんな反射神経をしているんだ!
もし、事前に針が飛んでくるのを知っていたとしたら、もしかしたら、私でもギリギリ避けられたかもしれないが、不意打ちならば、絶対無理だ!
……ん?
ここで、大鏡に仕掛けがあり、針が飛んでくるのを知っていた……ら?
「おい! お前もしかして、この鏡のからくりを……!」
知っていたのか?
と、そう言葉を続けることは、出来なかった。
矢をかわして一度は立ち上がったはずのリジーが、よろけて私の腕の中に倒れ込んできたのだ。
そして、まるで耐えがたい頭痛に苛まれるかのように頭をかかえて動けなくなった。
辛いのか?
苦しいのか?
一体リジーの身に、何が起きてるんだ!?
「おい、少年! しっかりしろ! もしかして何処かに怪我を負ったのか!?」
思わず取り乱し、叫ぶ私に、妙に深刻な顔をして、少年は言ったのだ。
「悪りぃ、ルイ。今すぐ俺を捨てて逃げてくれ」
「そんな事できるか!」
信じられない言葉に思わず叫んだ私を手で制し、リジーは、呻く。
「俺はこれから狂気 モードに入る。
終了条件は、俺の目の前から動くものが全て無くなってからだ。
……つまり。
この船に居る怪物と人間を皆殺しにしないと、止まらねぇ」
なんだって!?
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