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奴隷の少年(ルイ・スペンサー視点)5

「待て! 君は……誰だ?」  黒髪の少年に嫌われる、と言うことは自分の半身を奪われるのと同じ様に辛かった。  せめて、名前だけでも知りたくて。  必死に紡ぐ言葉を、銀髪の男が遮る。 「リジーが嫌がっているだろう? 放せ。それは僕のだ」  リジー? この黒髪の少年はエリザベスと言う名前なのか?  女の名前だったが、彼がどんなに華奢でも男なのは、判り過ぎるくらい見えている。  女の名前は、きっと性奴隷としての愛称に違いない。  そして銀髪男の言う『僕の』と言う言葉が、ズキッと心臓に響く。  判っている。  私は、今、ここで初めて少年と出会ったばかりの者だ。  例え、奴隷と言う違法の繋がりであったとしても、少年と銀髪男の間に合意があったなら……いいや。  もしかして二人が『愛』とか言う、私が信じきれないもので繋がっているというのなら。  傍から見れば理不尽に犯されているだけに見える少年が、銀髪男エドマンド・アイスマンの手の内に、自ら望んで囚われていると言うのなら。  私は、ただの間抜けな道化師に過ぎず、人の恋路を邪魔したかどで、馬に蹴られて死んでも文句は言えない立場だったが……しかし。  少年の、あまり大きくは無くとも、凛、と性根の座った声が、この腐りきった部屋と、私の心に響いた。 「俺は、誰のものでもねぇ!」  なんだと!?  リジーの言葉に私はうつむきがちだった顔を上げる。  そして少年を見れば、判る。  本当は銀髪に心をよせたまま、口先だけで逃げている、という様子は無い。  あまり気に入らないらしい私に助けられても嬉しくは無いだろうが、今まで自分を凌辱していた主人よりはマシのようだった。  少年の見せた銀髪男への激しい拒絶に、私は躊躇なく、二人の間に割って入った。  相手が帝国の大神官だろうが関係無い。  私は、ディーン王国の王位継承三位の現王王弟、スペンサー公爵だ!  現状の身分に何の不満も無く、野心もないが、ディーン王国ではそれなりに身分が高く、神官ごときに遅れはとらない。  何か文句あるか!?  そんな意気込みでエドマンド・アイスマンを睨んでやれば、ヤツは一瞬怯んだもののふん、と鼻を鳴らして言い放った。 「そこまで僕を否定するならリジーも一緒に酷い目にあえばいい!」  銀髪男はおとなしく捕まる気は無いようだった。  銀髪男はいつの間にか身なりを整え召喚魔法を発動したのだ。  ヴ…ン……  という、かすかに空気が揺れる音が響いたかと思うと、アイスマンは魔法陣の中か十体ほど丸い物体を召喚した。  一見スライムだが、その全身に十センチほどの針をびっしりとついている。  シ―アーチャ―! 海面上を滑るように移動し、見かけた船を次々に襲う海の化け物だ。  刺一本一本に毒がある上、それを自由に飛ばすこともできる。  『化けウニ』という二つ名があるぐらい海の怪物としてはそう珍しいものではないが、単に力押しでは、勝てない。  頭も良くて、すぐに人の隙をついてくる厄介な相手だ。  部屋にいた奴隷と、彼らを凌辱していたご主人さまたちが、この部屋唯一の出入口に殺到し、大混乱していた。  一方で、黒髪の少年は、私を頼りにすることに決めたらしい。  素肌の上にマントを纏って私の背に隠れ、むやみに動かなかった、  ………それが、正解だったのだ。  ウニの全身を覆う刺は、肌に触れただけでも毒だと言うのに、奴隷部屋にいる者たちは、被害者も加害者も皆等しく裸だったからだ。  黒狼騎士団員が倒すにしても、一体につき、三、四人ぐらい必要なヤツが十体もいる上、そこかしこに怪物が放つ刺の矢が飛び交っている。  かなり腕に覚えにあるはずのディザ、ラオでさえ二人かがかりで勝てるかどうか。  ディーン王国で剣聖を張っている私が、こんな小さな海の化けのものに遅れはとらないが、この部屋では得意の大剣が使えず、リジーを背に庇ったままでは、動きが鈍る。  ところが。  余計なことを考える間もなく、手近な一匹が、私に向かって刺を飛ばして来た。  バシュッ! バシュッ、バシュ、バシュバシュバシュ  軽い音を立て飛んでくるウニの毒の刺は、まるで連射する矢のようだ。  そのほとんどが、顔に向かって飛んでくる。  顔を傷つければ……特に目に怪我をさせれば相手の行動が制限されることを、この化け物たちは、よく知っているのだ!  ウニの刺は毒がある代わり、普段着ているマントを翻せばそれで落ちるほど弱いが、あいにく、今、私のマントは、リジー……黒髪の少年の犯された肌を覆っていた。  我がディーン王国の騎士団は、何か起きた時は、まず自分より弱きものを助ける習慣を叩きこまれる。  戦いや争いには無縁のはずのただの奴隷でしかないリジーの身の安全を確保するのが、最優先だ。  他意が入り込む隙間もなく、手近にあった大鏡を覆うカーテンを振りまわして撃退しようと引きちぎった時だった。  リジーに着せかけた私のマントが翻ったかと思った次の瞬間。  私たちの顔めがけて飛んでくる刺の全てを、黒髪の少年が叩き落としていた。 「な……に……?」  一瞬。  リジーの動きは、経験豊かな戦士の動きに見えた。  最低、三十年。  あるいは、もっと長い間ずっと鍛錬を続け、剣の修行に明けくれないと、そんな動きは出来ない。  肉食獣のようにしなやかな身のこなしだ。  なのに、なぜ、こんな……十六、七の、剣も触った事のなさそうな性奴隷の少年が動けるのだろう?  けれども、当の少年は、ウニの刺を叩き落としたあと、さも、それはただの見間違いでした、みたいな顔をしたかと思うと、私の背後にさささっと隠れて辺りをうかがい……  私と目が合うと、一瞬、困った顔をして、また更に私の背後に縮こまってしまった。  怪しい。  怪しいが、今は、リジーについて、深く詮索している場合ではなかった。  この騒ぎに乗じて、大神官が逃げようとしていたからだ。

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