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【店長side】見守る人(第11話)
「坂下さん、悪いんだけどバックヤードからミラボシリーズ取ってきてくれるかな? 棚のが無くなりそうで」
「分かりました」
「店長、先ほど四ツ葉館の松橋様からお電話がありました。例のサインペン、在庫押さえることが出来たみたいです」
「うん、OK」
「すみませーん! レジお願いしまーす」
「申し訳ございません。お待たせしました」
書店の繁忙期は学生の長期休みだったり、賞やコンクールの発表後だったり実に様々だと店を開いてみて分かった。
ただ、ここ中村書店はボクだけの書店ではない。
「ごめんね〜、休みの日なのに出てきて貰って」
バックヤードにて休憩中、冷蔵庫から出てきたペットボトルの麦茶を坂下さんに渡した。
「……どうも」
「お正月ムードが終わったら次は新学期シーズン。いやあ、季節……時というのは早いね〜」
返事は返って来ない。それはそれでいい。この子にはこの子なりのペースがあるから、人生をそれなりに楽しみ、余裕がある大人はそれを見守ればいい。
思えばボクがこの商店街で書店を中心に活動していく時、皆には反対されたけど結果を行動で示せば、ちゃんと応援してくれるようになった。
「ま、流行りのお店ではないから閉めても閉めなくても変わらないけどね」
この辺の学生も含め、若者が集うエリアにはコーヒーを飲みながら本を読める書店や泊まれる書店もあると孫の美咲 から耳にした。美咲もそうした所でバイトするようになるんだろう。
(ここはボクだけの書店ではない。大切な人と和解して開いたお店なんだから)
「特に今年はこの商店街から小学生に上がる子達が多いみたいでね。この間ランドセルを見せてもらったよ」
返事なし。が、頑張るぞ。
「孫も今度から制服でね〜。セーラーって今じゃ珍しいらしいよ」
「変わりましたね」
「そうだよね。昔なんてセーラーのあるところは多かったんだよ?」
「樫 さん……私が話しかけてもビクッとしなくなりました」
「うーむ。それは良いことなんじゃないかな?」
坂下ちゃんのお下げが激しく揺れた。
「……最近まで私が目線を向けると、ふくよかな体がズドンと揺れるくらい怖がられていました。去年のバレンタインの時もお菓子が無ければきっとダメでした。今年は──」
そこで言葉は止まる。彼女が言おうとしてることの皆まで読み解くのは無理だが、察することは出来た。
畳に座る坂下ちゃんの隣に腰を下ろし、同じように脚でお山を作った。
外では賑やかな子供達の笑い声が駆けていく。彼女からしたらさぞ、気まずい雰囲気だろう。
ただ、ボクにとっては心地が良かった。
針が十二を指し、扉を開けて鳩が鳴く。二人揃って腰を上げた。
さて、仕事再開。爺さんだってまだまだ働けます。
「美咲ちゃんのセーラー姿、今度見せてくださいね」
「もちろんいいよ。今度一眼レフ買うつもりだから」
「本格的」
「おじいちゃんは孫のカメラマン役だからね」
指でカメラを作れば彼女は肩を震わせていた。
「小説のタイトルみたいです。それ」
「ネタに使ってもいいよ〜」
「悪くないですね」
エプロンを付けながら前を歩いていた彼女の足が少し止まる。
「……やっぱり好きです」
「まあ、かーなり鈍感クンだけどね」
「やっぱりここは大好きな場所です」
振り向いた彼女は笑う。いつも口を結んでたこの子が笑っていた。
(……笑うとえくぼが出るんだね)
「ホワイトデーは何がいい?」
「考えておきます」
(前言撤回。中村書店を閉めたりなんかしたら君に怒られるからね〜)
君と言っても坂下ちゃんのことではない。では、坂下ちゃんの想い人か? いやあ、それでもない。
タバコは辞めたはずなのに、未だに口が寂しい理由はなんだっけかな。
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