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二人の絆は永遠に(エピローグ)
帰り道がデートだと思っていたら、着いた先は家ではなく丘がある公園だった。桜の季節に合わせてところどころ白や桃色にライトアップされており、入り口にある噴水では願いを叶える用のコインを入れる人がいたり、カップルらしい人達が写真を撮っていた。
(男性同士や女性同士もいるなぁ)
周りの幸せムードと飾りの綺麗さに目をキョロキョロしていると、首輪をつけたSubとDomのカップルを見つけた。
(……どうかお幸せに)
「日和さんの髪って柔らかいよね」
急に髪を褒められたのは二人で手を繋ぎ、丘までの階段を上っている時だった。
「そ、そうかな?」
「うん。撫でる時さ、指と指の間に通る髪が気持ち良くてこっちも気持ち良くなれる。あと、前髪が短いから赤くなった顔をよく見えて得した気分だよ」
マフラーから見え隠れする口元に笑みを浮かべられ、かあっと赤く染まる顔を少しでもマフラーで隠す。
「ま、前髪は『おデブでも似合うヘアスタイル』特集の雑誌に載ってて……。友人にもOK貰ったから、やってみただけだよ?」
悠治君に心機一転したいと頼んだら「よっしゃ任せとけ」と個室の美容院を予約されてしまった。いつもより短い前髪なので心配ではあったが、サキさんに褒められ嬉しい……。
(って、なんかすごい不服でいらっしゃる!?)
口を窄ませ、じーっと見つめられる。
「……ふーん、そっかぁ。でも、触れられるのはオレだけの特権ということかな?」
「そ、そうなりますね。あ、頂上が見えてきましたよ!」
話題を変えたくて丘の上を指さす。
(や、ヤキモチとか? まさかね……)
頂上へ着くと、大きい桜の木が一本待ち構えていた。他の桜並木のより背丈がある。桜の向こう側では海が一望出来た。
「素敵……」
(綺麗な場所なのに、どうして誰もいないんだろう……)
降りてくる人達はいたが、上っていく人は見なかったことが不思議でならない。
「ここ誰もいないね。もしかして、入っちゃダメじゃ……」
「日和さん」
桜の風が吹き、サキさんの元に舞い降りた。ひらひらとピンク色の花弁と彼が綺麗に映る。
(あ、どうしようなんか……)
「日和さん? ど、どうかしたの? 急に抱き締めて……」
サキさんは驚いて声がひっくり帰っていた。そりゃそうだろう。僕が一番びっくりしているのだから。
「離したく……なくて……」
消えそうになる声で返事をする。
(ちょっとだけ、サキさんがこのまま桜に連れて行かれるんじゃないかと思った)
目の前から消えて無くなるのではないか。
もう会えないのではないか。
どうやら先日の出来事は相当堪えたらしく、なかなか離せずにいた。
「ねえ、日和さん。顔をあげて」
「……はい」
「桜、綺麗だね」
満月と星が煌めく夜空。その下で桜が夜風に揺られている。花弁も舞い、一枚が鼻に落ちてきた。
「うん、綺麗だね……」
淡いものから少し濃くなったところまで。満開になった桜はそれはそれは美しいものだった。
離れて彼の隣に立つ。身長が違っても桜の綺麗さは変わることはないんだろう。
歓迎会するお店、決まったみたいだけどここでお花見とかしたいなあ。商店街のお弁当を広げて、みんなでジュースで乾杯とか。
(サキさんと来れて良かった)
素敵な場所と景色を一番大好きな人と共有出来る。この幸せはお金じゃ買えない。
──チャリ。
「え? 何、こ……サキさん?」
いつの間にか背後に立っていた彼は後ろで何かを結んでいる。胸の離れた谷間に冷たいものが当たり、びっくりした。
「よし、いいよ」
ネックレスだった。アクセサリーを拾い上げると、紅色に近いピンク色の宝石が光っている。
「ピンクダイヤモンドっていう宝石なの。百万分の一粒しか取れないと言われていて、ファンシーディープピンクは最上級のものとされてるらしいよ」
「な、なんで、こんな高価なものを……僕に?」
説明された途端、手脂がつかないように慌てて離した。
「好きだから」
手が触れ、大きさが違う指と指が絡め合う。びっしょりと濡れていて、しっかりと握らないと滑りそうな手。
サキさんと僕の目が合う。
「ピンクダイヤモンドの意味は『永遠の絆、愛』に『幸運』とされている。家出する時に捨てようかと思ったけど、捨てられなかったもの。あなたの好きにしなさいって言われて急に母さんから渡されたの。代々、結婚式でパートナーとなる人にこれを身に着けさせているのよって自慢されたからかな。そんな日はオレには来ないと思っていたから、たまにアクセサリーとして身に着ける程度だった」
視線は胸の宝石に、向けられている。誰かを想うような切なくて苦しそうな。
(でも、幸せだったんだろうな……)
手に力が篭る。
「オレ、本当は『サキ』じゃないんだ」
「さ……!?」
「あ、勘違いしないで。本物、本人だから。……本当の名前は権之助 っていうの。可愛くもない、男らしい名前」
(権之助……)
「引いた……?」
「引くとはどういう?」
「名前も嘘吐いてたし、さっきの話もマザコンの話になってしまったよね。ピンクダイヤモンドの力を借りて、束縛するようなことになってごめんなさい。……でも、本当に愛しているんだ。心の底から思ってる。日和さん……っと、一緒に、一生……っ」
(悴んだ手が震えている)
何度も指を指の間を掴んでは滑り、掴んでは滑っていた。
(僕の手なんかよりも大きくて、僕が包み込まれそうなのに)
やっぱり、君はまだ。
(……僕より幼いんだね)
「引くわけないよ」
呆れた、なんて余裕のある感情はなかった。寧ろ、心のどこかで安心している自分がいる。
「権之助君」
本名は嫌かな、と思ったけど瞳がキラキラしている。
「僕は、こんなダイヤに似合うような人じゃないよ?」
「えっ」
「ダイヤがくすんで見えちゃうかもしれない……」
「そんなことない。これ身に着けた日和さん、とっても似合ってる!」
「でも……」
「似合ってるから! 世界一似合ってるから! 鏡見る?」
手渡されたハートの手鏡に映っていたのは二重アゴに肉団子の奴が高価なネックレスを身に着けている姿。そんな人物の隣にいるのは、透き通っている美人な男の子が頬を膨らませていた。
(豚に真珠って言葉はまさにこの事か。でも、作戦成功かな?)
嘘を吐くのがこの世で二番目に苦手なことなのに、サキさんの表情はさっきよりも明るい。なら、僕のやった半分の嘘は効果あったようだ。
「ほらね、似合ってるでしょ?」
「うん……。サキさんとサキさんの大好きなものが一緒にいてくれて、幸せだ」
僕が出会った素敵な人、サキさんこと権之助君。
彼が大切な人から貰い、大事にしていたピンクダイヤモンドのネックレス。
「君こそ、本当に心の優しい人なんだね」
心から笑った。桜や宝石に負けないくらい、君を愛していると誓って。
強風が吹いた。天に向かって桜の花弁が昇っていく。
「オレ、さ……大事な人にあげたかったんだ」
「うん」
「大切な人と出逢うこと夢見てた」
「……うん」
「それがあなた……日和さんだった。あなたに会えて、好きになって、幸せだよ。一生、一緒にいてください」
跪いて右手を差し出された。迷いなく左手を置く。
「僕も。僕も、権之助君と一緒に幸せになっていきたい。よろしくね」
抱き締められた。肩にシミがついたらごめんね、と心の中で呟きながら体全身で彼の体温を感じ、包み返す。
「首輪と、結婚式はもう少し待って」
「ううん。僕は十分過ぎるくらい貰ってるよ」
ずっと誰かに自分を認めて貰いたかった。でも、誰かを認めてあげることも幸せなことなんだなって、思えるようになった。
「僕にきっかけをありがとう。これから先は、一緒に進もうね」
僕にしてはキザな台詞。心臓の音がだんだん大きくなっていき、真っ赤な彼が一瞬見えた。
重なり合う唇。頬を伝う嬉し涙。
(今、すっごく幸せだよ)
胸元で光るピンクダイヤモンドに負けないくらい、今の僕は彼と煌めいていた。
「オレってこんなに泣き虫だったかな?」なんて、君は泣きながら笑っていた。
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