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第12話 最悪な勘違い
あれから一か月。
俺の胸の中はずっと空っぽになったままだった。
「オイテメェ!待ちやがれ!」
毎日毎日がつまらなくて、なにをしても満たされない。
「はっ、いいぜ来いよ。ストレス発散だ」
どんだけ相手を殴っても、蹴っても、どんだけ美人な女引っ掛けても、セックスしても、快楽どころか楽しさすら感じられない。
「はぁ……いてぇなクソが」
ただただ傷だけが増えて、痛みだけがずっと残っている。
こんなのーークソつまらない。
「やだ、なにあれ?喧嘩?」
「シッ!見ちゃダメだって」
猿山達がいる時は全然気にもならなかった俺を蔑む視線が、今は凄く鬱陶しく感じる。
「あぁ……ま。こんだけ血だらけなら、ビビられても仕方ねぇか」
ガラスに映る自分の痛々しい姿。
そういえば、一か月前までは喧嘩なんて全然やってなかったな。
確か最後にしたのは……ナンパしてボコボコにやられたあの日。
青峰と初めて会ったあの日以来、俺は喧嘩どころか女遊びもしていなかった。
いや、つうかそもそもそれどころじゃなかったというか……。
青峰にずっと付きまとわれてたし。会うたび好きだとほざいてきやがる男なんかと一緒にいたら、女遊びなんて……。
「って!なんでアイツの事を思い出してんだクソが!」
さっさと忘れろ。忘れてしまえ。
俺はアイツが嫌いで、アイツを許さねぇはずで、もうどうでもいい存在なはずだ。
それなのにーー。
どうしてこうも毎日、青峰の顔がチラつく。
「そういえば……結局アイツの事、なんも知らねぇままだったな」
そう口にした瞬間。胸がジクッと痛みだした。
「っ……くそっ。止めろ。止めろ。止めろ……」
泣きたくもねぇのに、目頭が勝手に熱くなっていく。
もう、アイツの事なんか考えたくもない。
それは嫌いだからとか、恨んでいるからだとかじゃない。
考える度、俺自身が苦しくなってしまうからだ。
どうしてあんな事を言ってしまったんだって後悔して、俺のせいでアイツがずっと立ち直れなかったらどうしようとか不安になって、もしかするともう俺の事なんか忘れて別の奴のケツでも追いかけてるかもしれねぇと思うと怖くなって……。
「突き放したのは、俺なのに」
拒絶したのは自分のくせに。誰も信じないと言ったのは自分のくせに。
いざ俺の側からアイツがいなくなると、こんなにも不安で寂しいなんて。
「あぁそうか、俺は……」
青峰だけは俺を見捨てないと……勝手に自惚れてしまっていたのか。
「馬鹿か俺……」
信用されない辛さは、俺が一番知ってたはずなのに。
猿山みたいに、青峰まで傷つけてしまった。
「そりゃ……離れていくよな」
家について、血を洗い流す。
「胸の中も洗えたらいいのにな……」
濡れた顔は、まるで泣いているよう。
「っ……」
温もりが欲しい。
抱きしめてほしい。
優しくされたい。
認めてもらいたい。
誰かに。
いや、アイツにーー。
「あお、みね……」
アイツの笑顔が、アイツの手が、アイツの言葉が欲しい。
「っ……あつい」
布団に身体を預け、ズボンのベルトをゆっくりと外す。
自分でもどうしてこんなことをしているのか分からない。けれど、こうしないと満たされない。落ち着かない気がした。
「っ、うっ」
ズボンとパンツを半分まで脱がして、自分のモノに恐る恐る触れた。
「はっ、ぁ」
瞼を閉じて、手をゆっくりと上下に動かし。徐々に起ちあがる自分のものを擦る。
本当はオナニーなんてあんまり好きじゃない。
俺は俺が嫌いだから、自分の部分なんて触りたくもない。
けど、どうしてか手が止まらない。
「ぁっ、うっ……んっ」
擦るたびにどんどん硬くなって、指先の間から液が滴り濡れていく。
「ぁっ、あお、みね」
確かアイツの手は俺より大きいくせに、指先なんかは細くて、綺麗で、白くて、そんな女みたいな手で俺はあの日。イかされた。
「ぁっ、ぁあっ……んっ。やべぇ……もうっ。イくっ」
快感が溢れる瞬間。
アイツの声が、視線が、熱が、思い出される。
「はぁ、ぁ……欲しい……アイツのが、欲しい」
足りない。
物足りない。
さっきイッたはずなのに、身体も心も全然スッキリしない。
「馬鹿かよ俺。もうアイツはいないつうのに……」
俺を満たしてくれる奴は、もういないっていうのに。
これから俺は、どうなってしまうんだ。
昔みたいに一人で生きていけるのか?
「あぁ~駄目だ。家にいたらこんなことばっか!何か気分転換しねぇと」
つっても、用事も無ければやりたいこともない。
外に出てもあるのは、周りの視線だけ。
けど、家に居たらずっとこんなことばっかり考えてしまう。
「……はぁ。煙草買いに行こ」
外に出る口実を見つけて、最近全然吸ってもいなかった煙草を買いに行く。
「久々に吸えば、気分も和らぐだろうし」
なんて独り言を言いながら。家から十二分先にあるコンビニに向かおうと玄関を出て、すぐ目の前の交差点を渡り。二つ目先の曲がり角を曲がろうとした。
その時。
ドンッ!!
と、思いっきり何かにぶつかった。
「いてぇ……」
あまりの強い衝撃に尻餅を付いて、ズキズキと痛む右肩付近を手で押さえる。
そんな俺のすぐ後ろにはもう一人。
ヘルメットを被り。バイク用の黒のジャケットとパンツを穿いた全身黒ずくめの男が、俺と同じように転んで痛みを耐えるように蹲っていた。
どうやら俺は、この男にぶつかってしまったらしい。
「テメェ……いてぇだろうが!」
「ひっ!!」
俺は蹲っていた男の胸倉を掴み上げ。ガンつける。
「とっとと土下座するか。金でも置いていくか。どっちか決めろ」
ヘルメットで顔は見えなかったが、男は俺に怯えている様子だ。
ならもうこのまま一発殴って、金でも奪い取っちまうか?
その方が気分もスッキリしそうだし。
「す、すみませんでしたーー!!」
「あ!オイ待て!」
だが、そう考えてる間に男は俺の手から離れて、そのまま走り去ってしまった。
「クソッ!逃げられたか!」
今すぐ追いかけて捕まえるか。と悩んでた時。
足元に何かがあるのに気づく。
「あ?なんだこれ?」
拾い上げて見ると、それはどう見ても女性もののバックだった。
「さっきの奴……男。だったよな?」
ジワリと冷や汗が流れる。
なんだか、嫌な予感がした。
「捕まえたぞ!!」
男の低い怒鳴り声が背後から聞こえた瞬間。俺は強い力で腕を掴まれる。
振り返ると、そこにいたのは二人の警察官。
嫌な予感は、早くも的中してしまった。
「大人しくしろ!!この、ひったくり犯!!」
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