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第3話

軽くアップをすると、四人はペアを組みゲーム形式をする事にした。  幸生は太雅とペアを組み、ポジションに付く。太雅からのサーブで始まると、第一ゲームは太雅のサーブだけで押し切りキープした。  相手側は山根のサーブ。太雅ほどのサーブを持たない三人のサービスゲームは必然的にラリーの応酬となる。岡野は幸生と同様に、前に詰めるタイプ。山根はその時に応じて、後ろで打ち合いをする時と、前に詰めてボレーをする時と、使い分けをしているようだった。太雅とのラリーでは分が悪いと判断し、太雅とはまともに打ち合う気はないようだった。岡野はひたすらボレーでこちらの陣形を崩そうとしている。  (いいペアだ)  おそらく長年組んでいるのだろう。互いの仕事をきっちり把握し、カバーし合っている。  少し前までは、鉄郎とこんな風にダブルスをしていたはずだ。周囲から見て、自分たちもこんな風に息の合ったペアだと思われていたのだろうか。ふと、そんな事がよぎり胸がチクリと痛んだ。  スパン! スパン! と太雅はひたすら得意のフォアのストロークで押そうとしている。だが、壁の如く、山根岡野ペアは前衛に張り付き、太雅のストロークをボレーでひたすら返している。  そして最終的には、太雅が根負けしストロークをネット、もしくは無理に二人を抜こうとしてアウト、というのを繰り返した。  気付けば、2-4でリードされてしまっていた。  さすがの幸生も、太雅のそのプレーに苛立ちを覚えた。 「太雅ちょっと……」  ポイント間で幸生は太雅の元へと近づいた。 「あー、悪いな幸生、ミスばっかり……」  さすがの太雅も申し訳なさそうにしているが、問題は太雅のミスではない。 「あのさー、これはシングルスじゃないの! ダブルスなの! 分かる⁈」 「え? あ、うん……」  珍しく声を張り上げ、幸生の引きつらせた表情に太雅は目を丸くしている。 「俺の存在忘れてない? 俺はなんの為に前にいるの? あんな速いストローク、バコバコ打たれたら俺、全然ポーチに出れない!」  幸生の言葉に太雅はハッと我に返ったようだった。 「そっか……おまえがポーチ決められるように、俺は後ろで作らないといけないんだな。悪りぃ、力で押し切ろうとしてた」 「やっと気付いた?」 「あーあ、沢渡くん、教えちゃダメだよー」  岡野は揶揄うようにそう言うと、太雅はムッとした顔を岡野に向けている。 「向こうの思うツボだったって事か」 「そう、あの二人は太雅にミスさせようとしてたの。ひたすら返してれば、きっと太雅は我慢できずにミスするだろうって」 「くっそー! もう、分かったぞ!」 「よし、ここから仕切り直して挽回していこう」  幸生が手を太雅に差し出すと、太雅は幸生の掌に自分の掌をパチンっと合わせた。  そこからは、太雅は目が覚めたように力任せのストロークではなく、幸生がポーチを出やすいように組み立てをし、それから面白いように幸生の得意のポーチが決まり始めた。だが、そこはやはり長年組み慣れた山根岡野ペアに対し、即席で今日初めて組んだ幸生太雅はさすがに勝てる事ができなかった。  悔しがる太雅に、 「負けて当然。ずっとダブルスペア組んできてるあの二人に、シングルス一本できた太雅が敵うわけないよ」  幸生にしてはキツい言い方かもしれない。だが、それが事実だ。  太雅はその言葉に少し驚いたような表情を浮かべている。 「何?」 「おまえ……そんな風に言う事あるんだな」  言われてみれば、鉄郎に対してそこまでハッキリとした物言いをした記憶がない。  それはそうだ、自分は鉄郎が好きで、鉄郎に嫌われたくはない。キツい事を言って、もうペアを組まない、などと言われるのが怖くて言いたい事も言えなかったのだ。常に鉄郎を気遣い、鉄郎が気持ち良く楽しくプレーできるようにしていたのだから。 「そ、うかな……」  誤魔化すように視線を落とし、太雅から目を逸らした。 「鉄郎の時はいつもニコニコして、幸生が謝ってばっかりのイメージだったから、そんなピリピリする幸生は意外だった」 「ご、ごめん……」  遠慮のない物言いに太雅は気を悪くしてしまったかもしれないと思うと、申し訳なく思えてきた。 「いや、そのくらいの方が俺は良いと思う」  そう言って太雅は幸生の頭に大きな掌をポンと乗せた。 「ダメ出しもっとしてくれ」  太雅は優しい笑みを向けてきた。  ドキリ、と幸生の心臓が鳴った。太雅かそんな風に優しく笑う顔を見たのは初めてなような気がした。  幸生は顔が酷く熱くなるのを感じた。何となく太雅と見つめ合う型になったが、 「なあー、今度は俺と沢渡くんと組ませて!」  岡野の声に互いの視線は、岡野に向けられた。 「面白そうだね、それ。組もうか、岡野くん」  幸生と岡野のペアは、ボレーな苦手な太雅を前におびき寄せ、ストロークを打たせない作戦で見事勝利した。  太雅は相当悔しがり、そしてダブルスの面白さを知ったようだった。  幸生も今日程ダブルスが楽しいと思ったのはいつ以来だろうか。ペアの顔色を伺う事なく、言いたい事を互いに言え、伸び伸びプレーできる楽しさ。純粋にテニスを楽しむというのは酷く久し振りな気がした。もちろん、鉄郎とのダブルスも楽しい。ただそれは下心にも似た、鉄郎への想いがあってこそのように思えた。  次の日の昼休み、相変わらず鉄郎は山下の元に行ってしまい、幸生は一人ぼっちの昼食を食べようと机に弁当を置いた。 「昨日も思ったけど、そんな女みてえな、ちっこい弁当で足りんのかよ」  前の席にドカリと太雅が無表情のまま腰を下ろした。 「だから、そんな細っこいんじゃねえの?」 「太雅、昨日はお疲れ。楽しかったよ」 「ああ、またやろうぜ」  珍しく太雅の口角が上がるのが分かった。 「太雅こそ、そんなパンだけで足りるの?」 「俺は二回目。弁当は二時限の休み時間に食っちまった」 「あはは、そうなんだ」 「おまえ今日の部活終わったら暇?」 「特に何もないけど」 「少し練習付き合ってくれないか? 次の試合の初戦、左利きなんだよ。おまえの左利き特有のサーブリターンの練習したい」 「曲がるでしょ?」  ふふふ、少し含んだ笑みをこぼすと、 「ああ、あんなに曲がるサーブ始めて見た」 「練習したからね」  幸生は左利きで、テニスにとってそれはアドバンテージだ。特に左利きが放つサーブは通常の右利きのサーブよりボールが体に食い込んでくるような回転のサーブで、幸生はそれを活かそうと日々練習した。 「知ってる」  太雅はそう真っ直ぐな目を向けてきた。 「おまえがたまに残って、ひたすらサーブ練習してたの、見てた」 「そ、そっか……」  なんだか急に気恥ずかしくなり、赤くなった顔を伏せた。  昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、 「じゃ、後で」  そう言って太雅は自分の席へと戻って行った。

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