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第4話
それから、太雅は幸生を時折練習に誘っては、幸生を練習相手をした。正直、自分では相手にならないのではないかと思ったが、左利きというだけで練習になると言ってくれ、時折、山根岡野を誘いダブルスの練習もした。シングルス一本できた太雅にとって、ダブルスの楽しさを知ったようにも見えた。それと共に、太雅との練習のお陰なのか、最近では自分のテニスのレベルが上がったのを感じた。
鉄郎とは、昼休み以外は相変わらず一緒に過ごし、昼休みは入れ替わったように太雅と過ごすようになった。鉄郎といると時は、ひたすら鉄郎の惚気話しを聞かされ、太雅といる時間は打って変わってテニスの話しばかりしていた。
もしかしたら、太雅なりの優しさなのかもしれない。
いつも隣にいた鉄郎は今は山下に夢中で、必然的に一人になってしまう自分を気にかけているのかと思った事もある。
無表情で感情が表に出ない太雅の真意は図りかねた。
久しぶりに鉄郎が部活に顔を出すと、当然先輩からの説教が待っていた。覚悟はしていたのか、鉄郎は苦笑いを浮かべ必死に先輩たちの説教に耐えていた。
「久しぶりにダブルスやろうぜ」
鉄郎に言われ、幸生は久しぶりの鉄郎とのダブルスのゲームに心を躍らせた。
幸生は長年鉄郎とダブルスを組んでいたが、その日始めて鉄郎とのダブルスに違和感を感じた。
(なんか変だ……)
違和感を拭えないまま、ゲームは進んでいく。
「どうした、幸生。得意のポーチ、全然出れてないぞ」
試合を見ていた部長の宮野の言葉にハッとした。
「す、すいません! 鉄郎ごめん、ポーチ出れなくて」
鉄郎にボールを渡しながら幸生は言うと、
「そんな時もあるさ」
そう言ってボールを受け取ると、手を合わせてきた。
(違う……だって、昨日の太雅とのダブルスでは面白いようにポーチが決まってた。調子が悪いんじゃない……鉄郎が……)
そこまで考えて、それ以上の答えを出すのが怖くなり考えるのをやめた。
部活が終わると鉄郎は、山下から電話があると言ってそそくさと帰ってしまった。
部活が終わるといつも鉄郎と帰っていたのに、それすらも今は叶わない。
幸生はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま家に帰るのが嫌で、空気の抜けてしまったボールの抜き取りをしようと皆が帰った部室に残った。
この五年間、当たり前のように隣にいられた。その当たり前の隣が今は山下のものになってしまった。
(俺のが先に好きだったのに……)
そんな事を考えても、男である時点で意味などないのは分かっていた。鼻の奥がツンとし、涙が流れそうになるのを必死で止めた。
不意に部室が開いた。太雅だった。
「お疲れ……」
幸生の口から条件反射のように言葉が出ていた。
部活が終わると太雅は監督と部長の宮野と三人でミーティングと言って、校舎の方に入って行くのを幸生は見ていた。
「ああ……何やってんの?」
太雅はウエアを脱ぎ捨てながら聞いてきた。
「ボール、結構空気抜けてるのあったから捨てようと思って」
カゴにあるボールを触り、先程の思考を追いやった。
「おまえがそれ、いつもやってくれてるよな」
「そうかな? 一年たちも気付いたらやってくれてると思うよ」
そう幸生は言うと、沈黙が流れた。
(そういえば、太雅は俺が鉄郎を好きだって気付いてるんだよな)
「今日の鉄郎とのダブルス……」
不意に太雅は着替えの手を止める事なく口を開いた。
「違和感あっただろ?」
「え?」
太雅の言葉にギョッとすると、手を止めた。
「な、なんで……」
「違和感があって当たり前だ。おまえのテニスのレベルは格段に上がった。それに比べて、鉄郎は練習不足でレベルの質がまるっきり落ちてる。おまえがポーチ決められなかったのは、ポーチに出れなかったんじゃなくて、出られなかったんだよ」
太雅の言葉に幸生は認めたくないと思いながも、納得している自分がいた。
「次のインハイの予選、鉄郎とのダブルスは諦めろ」
その言葉に幸生の頭にカッと血が上るのを感じた。
「い、嫌だ! 鉄郎と出れないなら出ない!」
「じゃあ、レギュラー下りろ!」
太雅の顔からは今までに見た事のない怒りの形相に幸生は怯えからビクリと肩が大きく揺れた。
「負けると分かるペアを出せるはずねえだろ! おまえの自己満で団体戦やってるんじゃねえんだよ!」
幸生の体が小刻みに始めた。
(イヤダ……イヤダ……イヤダ……ただでさえ、山下の存在で側にいられる時が減ってるのに、テニスのペアまで解消された……ら……! )
「鉄郎とペア組めないなら、レギュラー降りる……」
「おまえ、鉄郎の為にテニスやってるのか?」
そう言われて幸生は言葉に詰まった。
違う、そう言いたかったが、太雅に言われて本当は鉄郎との繋がりの為にテニスをしていたのかもしれない事に気付いてしまった。
「そうだって言ったら?」
幸生は目を伏せたまま、絞り出すような声で言った。
太雅は不意に、幸生の胸倉に勢い良く掴みかかった。
「本気で言ってんのかよ!」
「悪い⁈俺がどんな理由でテニスしようと勝手だろ⁈」
無意識にそう口から溢れた。
幸生は太雅の顔を直視出来ず、目を伏せた。太雅は一つ大きく息を吐くと掴んでいた手を離した。
「そうだな……テニスやる理由なんて人それぞれだ。おまえがどんな理由でテニスやろうが俺には関係ない事だ」
太雅の言葉に、ズキッ、と幸生の胸が痛んだのを感じた。
「だけど、勝ち負けは別だ。勝ちたいと思うのは皆んな一緒だ」
太雅の言葉はもっともだと思う。負けたいと思って競技をする人間などいるはずがない。
太雅はまた一つ息を吐くと、
「俺とのダブルスでも嫌かよ」
そう言った。
太雅の言葉に幸生は耳を疑った。
「太雅と? だって太雅はシングルス……」
「シングルス要員はいくらでもいる。おまえとダブルスやって、ダブルスって結構面白いって思い始めてて、さっきのミーティングでおまえとのダブルス、懇願した。シングルスは宮野部長と江口さんいるし、シングルス頼みのとこあったし、ダブルスはいつも勝てればラッキーくらいなとこあったからな」
「で、でも……」
「俺はおまえとのダブルスの相性、結構いいと思ってんだけど」
確かに何度か太雅との練習でダブルスを組んだ時、いつも以上の力が出る事に気付いていた。太雅とのダブルスには鉄郎以上のやり易さを感じていたのは確かだった。
「俺とのダブルス、考えといてくれ」
いつの間にか着替えを終えていた太雅はそう言って部室を出て行った。
(太雅とダブルス……)
鉄郎への気持ちがなければ、二つ返事で承諾していただろう。
(俺……何でテニスしてたんだろう…………)
結局は鉄郎の側にいる為だけだった。鉄郎とダブルスのペアを組めるからという邪な考えでテニスをしていたのだ。
真剣にテニスをしている太雅に対して申し訳ない気持ちなり、そんな気持ちでテニスをしていると太雅に知られ幻滅されたとのではないかと思うと幸生の胸が痛んだ。
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