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第5話
幸生はテニスが好きだ。特にダブルスは、パワーのない自分でも、戦略やテクニックを使ってシングルスでは到底敵わない相手にも勝てる事もできる。
太雅とのダブルスは素直にやり易く、そして何より楽しかった。鉄郎がペアである時にはできない事もできたし、鉄郎とのダブルスは勝負云々の前に、鉄郎の側にいたい一心だったように思えた。
(俺だってテニスは好きだ。試合にだって勝ちたい)
一晩考えた幸生は、太雅とのダブルスを承諾する決断をした。
次の日、太雅の席の前に立ち、それを告げると太雅は口をポカンと開け、少し間抜けな顔をしていた。
「何その間抜けな顔」
幸生は思わず吹き出してしまった。
「いや……正直、本当に受けてくれるとは思ってなかった」
「俺だって、勝つ事だけに集中して試合したい。テニス好きだし」
そう言うと、太雅は面食らったような顔をし、
「そっか……」
と、呟くように言った。
「じゃあ、早速今日から練習しようぜ」
「うん……宜しくね、太雅」
幸生は手を差し出すと、太雅は一瞬呆気に取られたがすぐその手の意味を把握し、太雅は幸生の手を握った。
予鈴が鳴り、幸生は席に着くとそのタイミングで鉄郎が息を切らせて教室に入ってきた。
「ギリギリセーフ!」
「遅いよ、鉄郎」
「あ、幸生、英語の課題見せて」
そう言って鉄郎は手を顔の前で合わせた。
「全くしょうがないな」
渋々英語のノートを渡すと、慌てたようにノートを書き始めた。
「そういや来月、高校総体の予選始まるよな。さすがに俺もちゃんと部活行かないとまずいよなー。なんせ、ダブルスは俺と幸生がいないと始まんねーしな」
鉄郎の言葉に幸生は呆気に取られた。散々部活を休んでおきながら、当然のように自分がレギュラーで出れると思っている鉄郎に、幸生は驚いた。
「その事なんだけど……」
そう言いかけた瞬間、本鈴が鳴り一時限目の英語の教師が教室に入ってきてしまった。
結局その日、太雅とダブルスを組むという事を告げる事が出来ずに放課後になってしまった。
放課後になり、幸生は少し遅れてテニスコートへと顔を出した。
コートではそれぞれが、ラリーをしている。
「幸生ー、準備運動したらラリーしようぜ」
鉄郎の声がし、幸生はそれに頷くとチラリと太雅を見た。不機嫌そうな顔の太雅と目が合った。太雅だけではなく、少し雰囲気がピリピリしているように感じた。
幸生は鉄郎と暫しラリーで体を温めると、部長の集合の声がかかり、部長の宮野の元に部員が集まった。
傍らには監督の黒谷が腕組みをしている。今でこそ少し中年太りが目立ち始めたが、若い頃はプロになる手前まで行った選手だ。腰の不調でプロは諦めたが、今でも県内でも有名な人物だった。
「来月いよいよ県総体の予選だ。今日は、スタメンの発表する」
宮野の言葉に周囲の緊張が走った。
「まず、シングルス一は俺、宮野」
周囲が少し騒めいた。それもそうだろう。シングルス一はいつも太雅が務めていたのだ。
「シングルス二江口。シングルス三雄太郎」
名前を呼ばれた二人が大きな声で返事をする。
「ダブルス二に青田、小宮山。ダブルス一に幸生と……太雅」
その名前に響めきが走った。幸生の隣に立っていた鉄郎は呆然と部長の宮野の顔を見ている。
「太雅が幸生とダブルス……?」
ゆっくりと鉄郎がこちらに顔を向けた。
「以上、スタメンは一、二番コートに集合。その他の者は、金森の指示に従ってくれ」
その言葉に皆が散っていくと、鉄郎はその場から動こうとはしなかった。
「何したんだ、鉄郎。早く行け」
宮野は鉄郎に声をかけると、力なく鉄郎は、
「はい……」
と返事をした。
「おまえ、自分が当然スタメンだと思ったのか?」
宮野は背中を向けていた鉄郎にそう言った。
「いえ……そういうわけでは…………」
「だろうな、散々部活サボって、レベル落としてる奴がスタメンになれるわけないだろう」
「……」
鉄郎はショックなのか、ただじっと足元に目を落としていた。
「鉄郎……」
堪らず幸生は鉄郎に声をかけると、鉄郎は引きつらせた笑みを向けた。
「ま、当然ちゃ当然だよな。練習サボりまくっててスタメンなんて、毎日練習してた奴に申し訳ないもんな。スタメン落とされたのは、自業自得だよ。ただ……」
鉄郎は言葉を切ると、
「幸生が俺以外の奴とダブルスやるっていうのが、なんかショックだった」
そう言うと、苦笑いを浮かべた。
鉄郎の口から意外な言葉が洩れ、幸生は面食らった。
「黙っててごめん……」
「おまえが謝る必要なんてないよ! 太雅とのダブルス頑張れよ!」
鉄郎はそう言って、練習コートに走って行った。
「幸生」
振り向くと太雅がこちらに向かって歩いてきた。
「練習、始めるぞ」
「うん……」
鉄郎をチラリと見ると、鉄郎は何もなかったように明るく振る舞っているように見えた。
鉄郎も幸生が自分以外の人間とペアを組む事にショックを受けたと聞いて、正直心が揺れた。鉄郎はあくまでダブルスペアの話をしていると分かってはいても、幸生の隣にいるのは自分だと言っているように聞こえてしまった。鉄郎は少なからず、ショックを受けているというのに、鉄郎がその事に対してショックを受けているという事に、幸生は嬉しく感じてしまった。
(俺、性格悪いな……)
幸生はそんな自分の思いにに呆れた。
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