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第7話

その日は朝からまとまった雨が降り続き、早々に部活中止の連絡が回ってきた。  幸生はザーザーと雨が降りしきる中、窓に叩きつける水滴を呆然と眺めていた。  昼休みの鉄郎との会話を思い出す。  幸生は鉄郎にもう部活に来る気はないのか意を決して尋ねた。  鉄郎は少し困ったような、言葉を選んでいるように見えた。 「だって、おまえとはもう組めないだろ?」 「そんな事ないよ! 今回はたまたま……!」 「太雅とのあんないいダブルス見せられて、俺はもうおまえと組む自信ないって。きっと、俺と組んでも違和感感じるだろうし、正直、俺と組んで勝てなかったら嫌だしさ」  鉄郎の言葉は、至極当然と言えた。自分が同じ立場なら同じ事を思うだろう。それでもどこかで、自分とのダブルスがいい、自分ともう一度ダブルスが組みたい、そう言ってくれるのではないかと思っていた。  鉄郎は苦笑いをし、明らかに傷付いた表情を浮かべていた。  鉄郎の言葉は、事実上ペアの解消という事だろう。それは唯一の繋がりであったテニスですらもう鉄郎の側にいる事ができないという事だ。そして鉄郎を傷付けてしまった事に、酷い自己嫌悪に陥った。  勝ち負けだけがテニスじゃない、そんな綺麗事も浮かんだが、自分たちはお遊びでテニスをしているわけではない。テニス強豪校であれば尚更だ。勝利を大前提に自分たちは練習に励んでいるのだ。  そして追い討ちをかけるように、 「美羽ちゃんと、正式に付き合う事になった」  そう言われた。  目の前が真っ暗になった。  モウ、鉄郎ノ隣ニハ、イラレナイ。 叶うはずかないと分かっていながら、ずっとどこかで鉄郎が自分を好きになってくれる可能性かあるかもしれない、そんな思いがないと言えば嘘になる。男同士だとしても、どこかで想っていれば、いつかこの想いが通じる日が来るかもしれない。  そんな灯火のような、小さな希望は砕け散った。  悲しさよりも虚しさ。この五年間の想いは、やはり男というだけで報われる事はないのだと、確信した瞬間だった。  ただ、隣にいるだけで友達として鉄郎が自分を好いていてくれるのなら、それでいいと、鉄郎が幸せならそれでいいと、いつも思っていたはずだ。現に今、鉄郎は山下といて幸せそうだと思う。なのに、自分はただただ傷付いているたけだった。  気付かれないなら想いなら、諦める事はしなくてもいいと思っていた。  だが、鉄郎を想う自分が酷く惨めで、好きでいる事自体が辛くなってきていて、鉄郎を想い続ける事への辛さが今この瞬間に勝ってしまった。  (さすがに、鉄郎への想いを断ち切る努力が必要なのかもしれない……)  放課後になり、昇降口に行くと傘立てにあるはずの自分の傘を探したが見当たらず、おそらく盗まれたのだと思った。  一つ息を吐くと雨が降りしきる中、幸生は外に出た。  びしょ濡れになろうがもうどうでも良かった。トボトボと雨に打たれながら校門に向かって歩いているいたが、ふと顔を上げると見慣れた鉄郎の背中が見えた。  (鉄郎……)  隣には山下の姿。二人は手を繋ぎ嬉しそうに笑みを浮かべている。  (幸せそうだな、鉄郎……)  そう思った途端、涙が止めどなく溢れた。  鉄郎を好きになったこの五年間は、鉄郎の隣は自分の場所だった。だが、そこはもう自分の居場所ではないのだ。  山下のいる位置に自分がいて、自分が鉄郎を幸せにする事が幸せの形だった。今になってやっと、現実を目の当たりにした。  《鉄郎が幸せならそれでいい》などという思いは、所詮は綺麗事だったのだ。 雨で涙が誤魔化せると思うと、幸生はその時だけ感情に身を任せた。  鉄郎と山下の姿をこれ以上目に入れるのが苦痛に感じ、目を伏せ自分の足元をじっと見つめた。  不意に雨が止まった。  視線を上げ上を見ると、黒色の大ぶりな傘が目に入った。後ろを振り返ると、その傘を差し出している太雅が立っていた。 「ほら」  太雅はその傘をグイッと幸生に押し付けてくると、無理矢理傘の柄を掴まさた。 「いらない……」  差し出された傘を手で弾いた。  傘が水溜りの中に放り出されたが、太雅がすぐそれを拾い再び傘の縁を握らされ、太雅自身も頼りない折り畳みの傘を差した。 「太雅……鉄郎の隣、返してよ……」  掻き消されそうな声でそう言うと、もう一度、 「ねえ、太雅! 返してよ!」  幸生は大粒の涙を流し、太雅の肩を力なく何度も叩きなながら、 「返して……返してよ……」 そう同じ言葉を繰り返した。  八つ当たりで理不尽な事を言っている自覚はあった。だが、太雅が自分とのダブルスに誘わなければ、せめてダブルスのペアとして隣にいられたかもしれない。そう思うと、言わずにはいられなかった。  太雅は何も言わず、幸生の好きにさせた。一頻りそうさせると次の瞬間、太雅に手を握られた。太雅は幸生の手を掴んだまま大股で歩き始め、引っ張れるように幸生は太雅の後ろを歩いた。  冷たい手だったが、握られた太雅の掌が酷く優しく感じ無性に悲しくなって、今度は声を出して泣いた。

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