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第8話
太雅に手を引かれしばらく歩くと、一軒の家の門の前で足を止めた。表札には『御子柴』書いてあり、太雅の自宅なのだと予想できた。
玄関に入ると、少し待ってろ、そう言って太雅は一度奥に消え、バスタオルを持ってくると幸生に渡した。
「足拭いて、シャワー浴びろよ」
太雅に言われるがまま脱衣所に押し込まれた。大人しく幸生はシャワーを浴びると、すっかり冷えた体が息を吹き返すように温かくなり、自然とホッと息を吐いていた。
シャワーを浴び終え、浴室を出ると新品の下着とジャージがいつの間にか置かれていた。
それをありがたく身に付け脱衣所を出ると、目の前に大きなトラ猫が廊下に寝そべっていた。
トラ猫は幸生を見ると、ニャオーンと一声鳴き体を起こすとトコトコと歩き出し、振り向いた。それはまるで着いて来いと言っているようで、幸生はトラ猫の跡を追った。
階段を上がり、扉が二つ見えた。奥の部屋の扉が開いており、トラ猫は躊躇う事なくその部屋に入って行く。手前の部屋の扉を見ると『礼央』と書いてあった。トラ猫の入って行った部屋の扉には『太雅』の文字。
ノックをすると扉が開き、上半身裸の太雅が現れた。
「シャワーありがとう……」
「おお。俺も浴びてくるから、部屋で好きにしてろよ」
「うん……」
太雅が部屋を出て行くのを見送ると、幸生は太雅の部屋を見渡した。ベットとテーブルとソファ。小振りながらにもテレビも置かれていた。テニス雑誌や漫画が少し放置されてはいたが、わりと綺麗にしていると思った。
先程の猫がソファで毛繕いをしていた。幸生はトラ猫の横に腰を下ろすと、トラ猫に触れた。トラ猫は、グルグルと喉を鳴らし気持ち良さそうに目を細めている。しばらく幸生はトラ猫を撫でる作業に没頭してしまった。
部屋のドアが開き、首にタオルをかけた太雅が入ってきた。
「猫大丈夫か?」
そう言って幸生の隣に腰を下ろした。
「うん、大丈夫。この子かわいいね、懐っこくて」
幸生の顔から自然と笑みが溢れた。
幸生は猫を撫でる手を止める事なく、
「ごめんね、太雅。八つ当たりだった……ごめん」
そう言った。
「うん」
「俺、ずっと鉄郎が好きなんだ」
「うん、知ってる」
タオルで頭を拭きながら、気にも止める様子もなく言った。
「気持ち悪いよね。男なのに」
「別にいいんじやねえ? 好きになっちまったものは」
その言葉に幸生の目から涙が溢れ、膝を抱えると幸生は暫く泣いた。鉄郎に対する気持ちを否定されなかった事が嬉しかった。
「鉄郎が幸せならそれが自分の幸せで、友達として隣にいられればそれだけで良かったははずなのに……」
グスッと鼻をすすると、
「ダブルスペア解消されたよ……俺、鉄郎の事傷付けた…………」
「ペアの件は諦めろ。おまえと鉄郎じゃもう、レベルが違う」
「簡単に言わないでよ! 鉄郎とはずっとペア組んできて、そこが唯一、俺の居場所だった!」
「だったら、テニス辞めろ」
感情的な幸生とは反対に太雅は冷静だった。
「……っ!」
太雅の言葉に幸生は言葉を詰まらせた。そこで、あっさりと辞めてやる、と言えなかった。
妙に落ち着いている太雅を前に、幸生は冷静さを取り戻し始めると、今度は感情的になった自分が恥ずかしいように思えてきた。
「ずっと鉄郎の幸せを願ってるはずなのに、自分で背中押したくせにどこかで山下に振られればいいとか考えたり……俺とダブルス組めないない事に傷付いてるのに、それが嬉しく思ったり……ホント今の自分が嫌だ。もう頭がグチャグチャだし……もう、辛……い……鉄郎を好きでいるのが苦しいよ……好きでいる事、やめられたらいいのに……」
でも、それができない。簡単にそんな事ができるなら、とうの昔にやっていた。できないから、ずっと側にいた。
「知ってる」
「え?」
「おまえが鉄郎の隣にいる事を辛く感じてた事」
太雅はいつもの感情のない顔を幸生に向けている。
「いつも幸生は笑ってたつもりだろうけど、心の底から笑ってるように見えなかった。前はもっと綺麗に笑ってた」
太雅の言葉は幸生とって衝撃だった。
鉄郎に嫌われないように、自分の隣が居心地がいいようにいつも笑顔を絶やさず鉄郎の心地いい空間を作っていたつもりだった。
「はは……俺、上手く笑えてなかったんだ…………」
思わず幸生は自分の髪の毛を両手でくしゃりと掴んだ。
「俺は幸生をずっと見てきたからわかる」
その時、太雅の目に力が篭ったのを感じた。その目を囚われたように、幸生は太雅から目を逸らす事が出来なかった。
「俺、おまえが好きなんだ」
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